研究課題/領域番号 |
15J06894
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
益 敏郎 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 芸術と政治 / ヘルダーリンの悲劇思想 / 英雄的形象の有罪性 / 文学理論と芸術思想 / ゲオルゲ・クライスの神話研究 |
研究実績の概要 |
本年度の研究実績としてはまず、芸術と政治性および正義の思想的関係の考察を試みた前年度の研究成果の口頭発表が挙げられる。そこでの討議を通じて、芸術から政治性を模索することの問題性に関して多くの研究者と意見交換することができた。 続いてヘルダーリンの悲劇論・翻訳とソフォクレス古典悲劇の比較考察という本年度の主要なテーマに関する口頭発表を行い、そこでヘルダーリンの詩において決定的な重要性を持つモティーフである悲劇的英雄の理論と特徴を明らかにした。討議において提起された問題点を踏まえ、発表内容を加筆修正した論文を執筆し、投稿した。ここでテーマ化されたのは、英雄的形象の有罪性というモティーフと詩作の結びつきであるが、これはナショナリズムと結びついたヘルダーリン受容を考察する際の基盤となるものである。したがってこの成果は次年度に行う予定であるヘルダーリンの詩の解釈の土台となることが期待される。 また今年度の後半からは、ドイツのベルリン自由大学付属のペーター・ソンディ一般・比較文芸学研究所にて研究を進めている。ここで20世紀の文学理論の概観や18世紀の芸術哲学に関するゼミや講義に参加し、本研究の理論的土台を固めることができた。また、ゲオルゲ・クライスという20世紀におけるヘルダーリン受容に大きな影響を及ぼした文学者・思想家集団において、ほとんど名前の知られていないヘルムート・フォン・デン・シュタイネンという学者のテクストを未発表の草稿を含めて読解し、ゲオルゲ・クライスの特性、中でも古代ギリシャに対する姿勢や当時の神話研究に関して知識を深めることができた。これは本研究の柱の一つであるヘルダーリン受容史の研究につながる成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度に集中的に行ったヘルダーリンのソフォクレス悲劇の翻訳・解釈に関する研究は、概ね満足の行く成果が得られたと思われる。特に口頭発表によって表面化した思想背景の理解やテクスト分析の分量の不足を、論文において補完することができた。口頭発表および論文において、ヘルダーリンの詩に登場する英雄表象に、神学的な有罪性という性格が含まれているという点を明らかにしたが、これは従来の研究において看過されてきたものである。これは全体的なテーマであるヘルダーリンの詩人像の両義性の考察、およびナショナリズムと結びついたヘルダーリン受容の研究の理論的な基盤となるものである。この点に関する研究遂行および成果発表は、ともに計画通りに進行することができた。 またベルリン自由大学付属のペーター・ソンディ一般・比較文芸学研究所における研究も期待通りに遂行することができた。18、19世紀の芸術思想や、20世紀における文学理論に関する知見を深められたからである。またゲオルゲ・クライスに関する研究では、ヘルムート・フォン・デン・シュタイネンのテクストからアプローチすることができ、予定外の成果が得られた。ただしこの成果を、予定していたヴァルター・ベンヤミンの著作やユダヤ人によるヘルダーリン受容と結びつけて論文とするまでには至らなかったため、次年度の課題としたい。また実地調査をテュービンゲンのヘルダーリン博物館に赴いて行ったが、必ずしも満足な成果が得られなかったため、さらに別のアーカイヴ施設において実地調査を再度行いたい。
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今後の研究の推進方策 |
まず本研究が重視する哲学者フィリップ・ラクー=ラバルトとともにフランスの思想家ジョルジュ・バタイユとヘルダーリンの比較考察を試みる。この考察によって、ヘルダーリンが現代思想において評価を受ける理由や、ヘルダーリンの文学史・思想史における意義が新たな視座から確認される。この成果を日本独文学会の研究大会で発表し、その後論文として投稿する。 上記の論考は、本年度の成果であったヘルダーリンの詩に登場する英雄表象の神学的有罪性というテーマと密接に関わるものである。バタイユもヘルダーリンも、神への一見すると涜神的な侵犯行為を、神学的秩序の不可欠な構成要素と認めていたからである。これらを踏まえて、ヘルダーリンの詩の実証的解釈を行う。その際焦点化されるのは、ナショナリズムの側と、それへの批判を試みる現代思想の双方から高く評価されるヘルダーリンの詩人像の両義性である。この成果は、所属研究室発行の同人誌『研究報告』に論文として発表する。 それと並行して、ベルリン自由大学のペーター・ソンディ研究所およびシュトゥットガルトのヘルダーリン・アーカイヴにて、ヘルダーリンの20世紀前半の受容に関する文献資料を収集を続ける。この調査報告は、全体の見通しがついた時点で発表する媒体を探したい。また8月末からビーレフェルト大学でのドイツ・ロマン主義とドイツ性をテーマとする国際サマー・スクールに参加し、各国の研究者と討議を通じて、芸術と政治の関係性に関して理解を深め、ヘルダーリンの受容史研究に活かしたい。
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