当該年度の研究実績としては、ヘルダーリンの「神なき時代」という時代認識を、彼の悲劇への取り組みや「中間休止」という特殊概念に着目することで、明らかにした論文がまず挙げられる。これは2016年の国際学会で行った口頭発表を論文化したものであり、2019年にドイツで出版予定の論集に投稿された(現在査読審査中)。この論考は20世紀における国民感情と強くと結びついた文学受容の問題を批判的に考える上で、重要な成果である。ヘルダーリンは、神と人間を結ぶ役割を担う詩人と考えられていたからである。 また、詩と政治・社会の関係が問われざるを得なかった20世紀後半のドイツ、フランスの言説を分析し、これとヘルダーリンの詩の関係を考察した研究ノートを執筆した。この研究ノートは、ヘルダーリン研究のイデオロギー的傾向の批判的考察や、その際問題となる概念「詩的自我」の調査などを含み、文学と政治の関係及び文学研究の方法、芸術受容の問題を再考することを目指す本研究の目的からして、重要な成果である。 さらに独文学会の全国研究発表会にて、20世紀フランスの思想家ジョルジュ・バタイユとヘルダーリンを比較する口頭発表を行った。従来比較されることのなかった両者の関係性を主張する本発表は、挑戦的な主張を含んでいたが、多くの研究者と生産的な議論を重ねることができた。この成果は、ヘルダーリンが20世紀の思想史にどのような貢献を果たしているのか、という本研究の関心を、先行研究では顧みられてこなかった視点から明らかにするもので、きわめて重要である。
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