研究実績の概要 |
本研究の目的は、12・13世紀にパリ・ノートル・ダム楽派を中心に展開された初期計量音楽論(リズム・モード理論)を、同時期のヨーロッパの様々な楽譜写本に応用することで、未だ解明されていないネウマ記譜のリズム的側面を明らかにすることである。初年度である本年度は、ネウマ記譜のリズム解釈の土台となる初期計量音楽論の考察および、ノートル・ダム楽派でも使用されている角符ネウマによる楽曲の分析を進めた。 前期は、パリを中心とするフランスで成立した写本のうち、コンドゥクトゥス、オルガヌム、モテットを分析した。また、7~8月には、イングランドで写本・資料の収集をし、イングランドにおける計量音楽論の受容とその展開について調査した。 後期は、前期で行った資料の整理・分析、および学内での口頭発表を行った。12月に開かれた学内の指導教員会議では、12世紀にイングランドで成立したとされるFf.1.17.1写本(Cambridge, Cambridge University Library, Ff.1.17.1)を例に取り上げて、進捗状況を報告した。 本年度における意義深い成果としては、初期計量音楽論が楽譜写本上で応用可能であることの確認、および例外的な記譜を分析する方法の構築が挙げられる。13世紀の理論書によるとリズムはリガトゥーラ(連結符)の配置から解釈することができ、例えば「3音を超えるリガトゥーラは3音リガトゥーラの音価へ還元される」等の規則があるが、多くの角符ネウマの楽曲でこれらの規則が一定の有効性を持っていることを示すことができた。一方で、上記の規則にはない配置も多々認められ、その際には第4無名者(13世紀半ば)らの証言に基づき、テノルと上声部との音程関係で判断することとした。このような分析の方法論の確立は今後の研究を進める上での磐石な土台となった。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、角符ネウマ以外のネウマ記譜による多声楽曲の分析を行う。 前期は、ノートル・ダム楽派と音楽様式などで接点を持つサン=マルシャル楽派の4つの写本(A, B, C, D)を中心に、アキテーヌ式ネウマによる写本を扱う。アキテーヌ式ネウマについては、ボンデルプ『サン=マルシャルのポリフォニー』(1982)、ハコブス『サンティアゴ・デ・コンポステラ聖堂のカリクスティヌス大写本』(1993)を参考にする。 後期は、メッツ式ネウマ、ゴシック型ネウマ、ザンクト=ガレン式ネウマ、イタリア式ネウマなど、上記以外のネウマによる楽曲を分析・校訂する。二次資料としては、ウルリエ「メッツ式記譜法の地域」(1951)および「ランの三つの断片」(1988)、センドレイ「12世紀南ドイツ地域の譜線付きの楽曲」(1990)などの論文や著作を参考にする。さらに、これまでに行った全ての曲の分析と校訂を整理して校訂報告を作成し、博士論文の執筆を進める。
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