研究課題/領域番号 |
15J07121
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
井上 果歩 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 計量音楽 / リズム・モード / モーダル・リズム / ネウマ / ノートル・ダム楽派 / 計量音楽論 / 計量記譜法 |
研究実績の概要 |
平成28年度はコンドゥクトゥスのみを分析対象とし、アキテーヌ式ネウマをはじめとする角符ネウマ以外で書かれた写本を中心に調査した。 前期は、セオドア・カープ『サン=マルシャルとサンティアゴ・デ・コンポステラのポリフォニー』(1992)やブライアン・ギリンガム「コンドゥクトゥスの新しい起源と語源研究」(1991)等の先行研究を参考に、12世紀~13世紀初めに成立したサン=マルシャル写本群(A・B・C・D写本)の分析を行った。A・B・C写本は丸い点による音符と、音符を垂直に配置した下行リガトゥーラ(連結符)が特徴的なアキテーヌ式ネウマで記譜されているが、D写本は4つの中でも成立時期が遅く、アキテーヌ式ネウマと角符ネウマの間の形で書かれている。これらのコンドゥクトゥスのカウダ部分(旋律の結尾のメリスマ部分)を分析したところ、多くの箇所が「3音リガトゥーラ+2音リガトゥーラ+2音リガトゥーラ…」となっており、初期計量音楽論(ガルランディアや第4無名者等)で挙げられている第1モドゥスの基本配列と一致していた。加えて、第1モドゥスのリズムを反転させた第2モドゥスの配列(2音リガトゥーラの連続)も見られた。逆に、第3・4・5・6モドゥスの基本配列は見受けられなかった。 後期は、ドイツ語圏やイギリスで成立した写本を中心に分析した。例えば、サン=マルシャルD写本と同じくアキテーヌ式ネウマと角符ネウマの間の記譜で書かれたザンクト=ガレン383写本では、一見すると、第2モドゥスの形になっている箇所が多々見られた。しかし、様々な音数のリガトゥーラが雑多に混ざり合っており、その配置の規則性は乏しかった。また、メス式ネウマと角符ネウマの間の形で書かれたバーニー357写本では、楽譜の余白が少ないためか、リガトゥーラはできるだけ多くの音数を繋げて書かれており、その配列パターンを解読するのが困難であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は対象曲をコンドゥクトゥスに絞ったため、当初計画していたよりも多くの写本を見ることができた。分析した楽曲の現代譜化・音源化は概ね終わり、これらは博士論文の付録にする予定である。さらに、写本の歌詞を解読した際に、語や格変化等の解釈が先行研究と異なる箇所が多々見られたため、歌詞集も別途制作し、それらの相違点を指摘・検討した。 加えて、博士論文中で取り上げようと考えていた3音リガトゥーラのリズム的役割については、日本音楽学会東日本支部の定例会にて発表し、また、そこでの質疑応答と再検討を踏まえ、博士論文中の1章として執筆に取りかかることができた。
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今後の研究の推進方策 |
来年度も引き続き、現代譜化・音源化の作業と博士論文の執筆を進める。また、今年度の研究から、コンドゥクトゥスにおけるリガトゥーラに規則的配列が見られるか否かは写本ごとに異なっており、必ずしもネウマの種類によるものではないことが明らかになった。写本の成立年代が遅いほど、初期計量音楽論で述べられているようなリズム記譜の規則がネウマ記譜に反映されている可能性が高いが、写本の正確な年代推定はきわめて困難である。したがって、写本の成立年代以外の要素に焦点を当て、リガトゥーラが規則的に配列されていた諸楽曲・諸写本間の共通点を改めて検討したい。 上記の研究経過・成果は、2017年6月4日の西洋中世学会第9回大会にて「連結符の機能とその変遷」という題で発信する。これに加え、サン=マルシャル写本群に見られるリズム・モードとその記譜法に関しては、学内の論文集ないし外部機関の雑誌に投稿する。さらに、前期中に横浜市内の小学校にて、ネウマ記譜とその演奏法のレクチャーおよびワークショップを行う。 また、夏季休暇中にはイングランドに渡り、海外の研究者の指導のもとで研究を進め、博士論文の内容についての評価と助言を仰ぐ予定である。
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