研究課題/領域番号 |
15J07262
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
押谷 健 早稲田大学, 政治経済学術院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | スキャンロン / 契約主義 / 道徳的不一致 / 価値多元主義 |
研究実績の概要 |
本年度は、スキャンロンの契約主義による道徳的動機付けの説明、及び、スキャンロンの契約主義による道徳的推論の説明に関して、それぞれ検討を行った。 まず、スキャンロンによる道徳的動機付けの説明を検討した。スキャンロンの契約主義において、道徳的に推論するということは、他者の正統な主張を不偏的な仕方で考慮することとして理解される。しかし、不偏的な道徳の構想には、現実の人々が支持する多元的な価値やコミットメントの重要性を十分に認めることができないため、我々の道徳的経験の記述として不適切であるという批判が、B.ウィリアムズなどの論者によって提起されている。本研究では、契約主義によるこうした道徳的動機付けの説明は、道徳的考慮事項がその他の考慮事項と衝突した際における我々の経験を正確に記述しうるため、ウィリアムズらの批判は当たらないことを明らかにした。また同時に、なぜ道徳的考慮事項は(少なくとも通常の場合において)その他の考慮事項に対して優先するといえるのかという問題に対して、契約主義は説得的な解答を与えうることを論じた。 また、道徳に関する思考を「理に適った拒絶可能性」のテストとして定式化する道徳的推論の契約主義的説明を検討した。この説明には、何が理に適った仕方で拒絶しうるかを同定する際に、契約主義理論から独立した道徳的直観に依拠せざるをえないため、道徳的推論の説明として不適切であるという批判がある。本研究では、こうした契約主義的推論に対する批判は、「適理性(reasonableness)」の観念に関する不適切な理解に基づいているため、妥当ではないことを指摘した。また、「適理性」という実質的観念ではなく「熟慮的合理性」という手続き的観念を用いて契約主義を再定式化しようと試みるN.サウスウッドの理論を批判することによって、スキャンロンの契約主義の利点を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、スキャンロンの契約主義の理論的支柱である、道徳的動機付けの説明と、道徳的推論の説明の両方に関して考察を行い、どちらのテーマに関しても国内学会等で発表を行うなど、進捗がみられた。また、本年度の9月2日には、スイスのベルン大学において開催されたスキャンロンの思想に関するシンポジウムに参加し、スキャンロン本人と直接対話をする機会を得た。このことによって、スキャンロンの契約主義に関する理解をさらに深めることができただけでなく、今後の研究の方向性に関しても重要な示唆を得ることができた。以上の理由から、本研究課題はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、昨年度までの研究成果に基づき、次の二つの課題に取り組む。第一に、これまでの研究において得られた成果を論文として完成させ、公表する。具体的には、昨年度の国内学会において報告した一連の原稿を、国際学会での発表などを経て、海外ジャーナルに投稿する。また、これらの原稿に含めることができなかった成果として、契約主義をめぐる近年の論争に関するサーベイや、スキャンロンの初期の諸論文と『我々が互いに負いあうもの』の間の連続性に関する考察、スキャンロンの契約主義の背景にある方法論的前提に関する考察などがある。これらの考察の成果も、順次独立した論文として完成させる予定である。第二に、スキャンロンの契約主義と、その他の主要な道徳理論との比較検討を進める。とくに、昨年度は十分に取り組むことができなかった、スキャンロンの契約主義とスティーヴン・ダーウォルの「帰責性としての道徳(morality as accountability)」の理論の比較検討を行い、本年度中に考察の成果を論文として完成させる。
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