研究課題
がんの発生や悪性化は,細胞内のタンパク質の過剰なリン酸化により引き起こされている。そのため,従来の分子標的抗がん剤はリン酸化酵素であるキナーゼを阻害することにのみ焦点が当てられてきたが,同一キナーゼを標的とするものも多く存在しており,キナーゼを標的とした創薬は飽和状態にある。一方で,リン酸化反応は可逆的であり,脱リン酸化酵素であるホスファターゼの活性の低下も,がんの発生や悪性化に重要であることが近年明らかとなってきている。そのため,ホスファターゼを活性化させる分子標的抗がん剤が,新たながんの創薬標的として有効であると考えられる。しかし現在までに,ホスファターゼの活性化を標的とした分子標的抗がん剤は一剤も開発されていない。そこで我々は細胞内の主要な脱リン酸化酵素であり,がん抑制因子として知られているProtein Phosphatase 2A (PP2A)に着目し,PP2A活性を上昇させることで細胞内のリン酸化レベルを低下させて抗がん効果を得ることを目指した。PP2Aは多くのがんでPP2A阻害タンパク質による活性制御を受けており,その中でも我々はPP2A阻害タンパク質SETとPME-1に着目した。本研究課題では,SETおよびPME-1によるPP2A制御機構を解明し,これらを標的としてPP2A活性を回復させることを目的としている。本年度はSETに関して,胃がんにおいてSETが,がんの発生や悪性化に重要な役割を果たしていることを明らかにし,またSET標的薬OP449の抗がん効果を生体レベルで実証した。また,PME-1に関して,細胞内のPP2Aのメチル化レベル測定法を確立し,細胞内メチル化酵素PME-1が一部のメラノーマの治療標的としての有用であることを明らかとした。
2: おおむね順調に進展している
SETはPP2Aに直接結合してその活性を抑制するタンパク質であり,ヒトのがんにおけるPP2A活性の低下に重要な役割を果たす。我々は胃がんにおいて,SET発現の上昇が患者の予後の悪さと相関していることを発見し,胃がんにおいてSETが,がんの発生や悪性化に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらに,胃がん細胞株を移植したマウスに対してSET標的薬OP449を投与したところ,腫瘍成長の抑制効果が認められたことから,SETを標的とした薬剤の抗がん効果を生体レベルで実証した。PME-1はPP2Aを特異的に脱メチル化する酵素であり,またPP2Aの酵素活性部位に直接結合して活性を抑制する機能も有する。しかしながら細胞内におけるPME-1の詳細な役割に関しては未だ解明されていない。PME-1はPP2AのCサブユニットのC末端を特異的に脱メチル化しており,細胞内のPP2Aのメチル化レベルは,PP2Aの活性やPME-1による活性制御の指標となる。我々はこれまで報告されていたPP2Aのメチル化レベルの測定方法では,試験管内において時間依存的な脱メチル化反応が起きるという問題を発見し,細胞抽出液中にPME-1阻害剤を添加するという解決策により,細胞内のPP2Aのメチル化レベルを正確に測定する方法を確立した。この手法を用いて,種々のメラノーマ細胞株を用いてPP2Aメチル化レベルを測定したところ,一部の細胞株で低いメチル化レベルを検出した。また,これらのメラノーマ細胞株におけるPME-1発現抑制の効果を検討したところ,PME-1発現抑制細胞で顕著な細胞増殖の低下が認められた。このことから,ある種のメラノーマにおいてPME-1が治療標的としての有用であることを明らかとした。
PP2Aは酵素活性を持つCサブユニット,足場となるAサブユニット,そして基質特異性を決定するBサブユニットのヘテロ3量体の構造をとるタンパク質である。Bサブユニットには, 4つの異なるサブファミリーからなる20種類以上のアイソフォームが存在し,結合するBサブユニットの種類によって,PP2Aの基質特異性や細胞内局在が調節されている。現在,SETを標的とした際の抗がん効果の立証に関して,研究は概ね予定通り進んでいるが,PP2A活性化の詳細な分子機構に関する検討に関しては予定より少し遅れている。今後は,PP2A活性化のより詳細な分子機構の解明に重点を置き検討を行う予定である。具体的には,胃がんにおいてSETがPP2Aを介してどのようなシグナル経路を制御することによって,がんの発生や悪性化に関与しているか解析を行う。また,SETがPP2A複合体の構成に与える影響を,これら主にPP2A複合体との結合や基質特異性の変化に着目して研究を行う予定である。またPME-1に関する研究では,これまでに得られた知見をより発展させるために,表面プラズモン共鳴法(Biacore)を用いて,PP2AとPME-1との分子間相互作用を解析していく予定である。さらに,各種変異型PME-1を作成することにより,PME-1とPP2Aとの結合や酵素活性に関するより詳細な分子機構の解明を行う。また,種々のがん細胞において,shRNAをレンチウイルスベクターにより安定的に発現させることでPME-1発現抑制細胞を作成し,細胞内シグナル伝達に与える影響を解析することで,PME-1が細胞の生存およびシグナル伝達分子のリン酸化に与える影響を解析する予定である。
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Journal of Veterinary Medical Science,
巻: 78 ページ: 1293-1298
http://doi.org/10.1292/jvms.15-0707