研究課題/領域番号 |
15J07309
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
鈴木 尋 山口大学, 連合獣医学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | 節足動物媒介性感染症 / 野兎病 / マダニ / カイコ / メラニン化 / ノジュール形成 |
研究実績の概要 |
申請者は現在、節足動物媒介性病原体の環境中における生活環とその生存・拡大戦略を解明するため、野兎病菌の節足動物体内における動態解析に取り組んでいる。大規模な疫学調査の結果から、日本国内における野兎病菌はヤマトマダニ(Ixodes ovatus)とシュルツェマダニ(I. persulcatus)の2種類を主として維持されていることが明らかとなった。このうちシュルツェマダニを用いた野兎病菌感染モデルにより、感染後2週間に及ぶ野兎病菌の長期体内生存が確認された。このことは疫学調査の結果を強く裏付けるものであり、Ixodes属のマダニ体内における野兎病菌の生存を実験的に再現しうることを示唆するものであった。さらに環境ステージである25℃培養条件下の野兎病菌において特異的に発現している因子Environmental Stage Temperature Factors(ESTFs)の遺伝子変異株を用いてマダニ体内における増殖を評価した結果、type I secretion system(TISS)の重要な構成因子であるHly Dを欠損した株で増殖率が有意に減少した。このHly Dは大腸菌をはじめとする他の細菌において溶血素の分泌装置を構成する重要な病原因子のひとつとして知られている。一方登録されている遺伝子配列の解析から、野兎病菌においてはごく一部の株を除き、Hly D以外のTISSの構成遺伝子が保存されていないことが確認された。そのためHly Dは野兎病菌において他の細菌とは異なる機能を獲得していることが考えられた。これらの結果から、野兎病菌は節足動物体内で生存・増殖するために特異的な機構を有しており、ESTFsのひとつであるHly Dがその一端を担っている可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請者は平成27年度の研究成果として、日本国内における野兎病菌の病原巣となるマダニ種を特定し、その体内増殖に関連しているEnvironmental Stage Temperature Factors(ESTFs)を特定した。これらの知見は環境中における野兎病菌の感染環の実態やその感染メカニズムを明らかにするものであり、野兎病菌の環境内コントロールに寄与するものと考えられたため、国際学術誌であるLetters in Applied Microbiology誌に投稿し、現在査読中である。 しかしながら、ダニを用いた研究は供試サンプル数や体サイズの関係から、ESTFsの詳細な機能の解析を行うことは難しかった。そこで申請者はより簡便に用いることが出来る新たな節足動物モデルとして、カイコ(Bombyx mori)を用いた体内における野兎病菌の動態の解析を行った。開発したカイコ感染モデルは節足動物媒介性病原体の節足動物の体内における動態解析に非常に有用なモデルであるとともに、野兎病菌は生存・適応のために宿主節足動物の免疫系を操作している可能性が示唆された。これらの結果は、細菌と宿主節足動物の免疫との関連性についての初めての知見である。カイコの感染モデルにおいて得られた結果は現在論文投稿準備中であり、平成28年度における研究課題の進展に大いに役立つと考えられた。 以上から本研究における初年度の進捗状況として、モデル生物の変更という予期しない変更点は生じたものの、その中で大きな成果を得ることが出来たため「おおむね順調に進展している」を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
申請者はより簡便に用いることが出来る新たな節足動物モデルとして、カイコを用いた体内における野兎病菌の動態の解析を行っている。カイコの体内に直接大腸菌(Escherichia coli)および野兎病菌を注入し体内菌数を経時的に測定した結果、大腸菌は速やかに体内から排除されるのに対して野兎病菌では体内において生存・増殖し、菌数が1週間以上維持されることが確認された。さらにカイコにおける生体防御反応として知られている体液のメラニン化および体組織へのノジュールの付着に着目し実験を行ったところ、野兎病菌の感染に対してはこれらの反応が抑制されていることが明らかとなった。以上のことから、申請者が確立したカイコ感染モデルは野兎病菌の節足動物内における適応機構の解明に非常に有用であることが考えられた。今後は本感染モデルを利用してESTFs遺伝子変異株を中心とした解析を行い、野兎病菌が持つ節足動物への適応を可能とする分子機構の探索・解析を行っていく予定である。また、カイコ感染モデルによって得られた知見をマダニ感染モデルを用いて再検証することにより、より明確な形で野兎病菌の環境中における生存戦略を明らかにすることが出来ると考えている。
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