研究課題/領域番号 |
15J07399
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研究機関 | 京都文教大学 |
研究代表者 |
伊藤 悟 京都文教大学, 総合社会学部 総合社会学科, 特別研究員(PD) (90633503)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | タイ族 / 感性 / 民族誌 / 即興歌 / 音文化 / 人類学 / 感覚 / 映像 |
研究実績の概要 |
生活に密着した伝統芸術の担い手たちは、時代の趨勢のなかでいかに芸術実践を調整し、また変革に働きかけるのか。本研究の目的は、人びとの、芸術実践を生み、享受する感性に着目し、その変化を民族誌的研究から明らかにするものである。具体的に、これまで研究してきた中国徳宏タイ族の声と音の文化と、タイ北部の即興歌の伝統芸能ソーについて参与観察調査を行い、個人の体験から社会を照らし返す微視的研究とともに、巨視的研究から両地域を比較分析し、タイ系民族の感性的特徴を考察する。研究成果は、人々の経験や語りに寄り添って考察・記述する民族誌の執筆と、芸術体験における情動や感覚的表現を映し出す民族誌映画の制作を目指す。 2年目のタイ王国における調査では、主に、仏教儀礼や新築儀礼などにおけるソー歌謡の実践の現場、師の精霊を祀るワイクー儀礼、小学校における特別授業、雨安居期間の若手歌手たちの学習、即興技法の練習と教授方法、現役の歌手たちへのインタビューなどについて、参与観察による民族誌データの収集に努めた。現在、行政との関わりのなかで伝統芸能としての位置づけとあり方に対処する様々な議論と動きが展開している。そのなかで教授方法と学習方法は大きく変化しており、師弟関係を越えた文字テクストの活用学習が目立った。 中国雲南省における調査では、主に上座仏教の朗誦文化と文字文化の復興運動に関して民族誌データを収集した。行政による伝統文化の目録化や博物学的な物収集が行われる一方で、ビルマ側タイ族地域の宗教活動の影響を受けた草の根の交流も活発化し、高齢の知識人たちによる文化実践の記録への取り組みが始まっている。従来の伝承方法にたいする反省と再考から、感覚的技巧の言語化が意識され、積極的に映像などデジタルメディアや文字による記録や記述が試られていることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
タイ王国北部と中国雲南省にて参与観察にもとづくフィールドワークを継続し、順調に民族誌データを収集できた。 研究の途中経過は、中国昆明市で開催された源生郷村音楽歌舞芸術節学術論壇にてデジタルメディアによってもたらされた文化変容に関して報告し、アメリカ・ロサンゼルスで開催された国際学会CHIMEにてシャマニズムと上座仏教における声の文化に関する研究を報告した。日本では、アウトリーチ活動として、機織りの音文化に関する研究報告や実演などを行った。 また、徳宏タイ族のシャーマニズムにおける即興うたに関する著書を脱稿した。現在は論文と民族誌映像の発表に向けて着実に準備を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
タイ王国における調査は、まずチェンマイ県などで活動する歌手たち200名以上のライフヒストリーの収集を継続し、歌手間の師弟関係や交流関係の把握、学習方法や伝授方法の比較を試みる。同時に、歴史的な変遷に関して、1920年代より出版が開始されていることが確認できているレコード、テープなどの記録メディアの整理から政府や民間市場との関係性に関する分析をおこなう。そしてパフォーマンスの現場におけるベテラン世代と若い世代のあいだでの創意工夫や内容の変化に関する参与観察調査も継続する。これらの調査では、芸能の技巧を支える感性の変遷について、そして歌手や聴衆のあいだで感性がいかに伝達および受容されているか、民族誌的データの蓄積に励みたい。 中国雲南省タイ族地域においても参与観察を継続する。近年活発になっている無形文化遺産に関わる行政の活動や、民間の文化復興運動において文字や声の文化がどのように位置づけられているのか、また新しい概念によるカテゴライズや文化翻訳の過程でそぎ落とされがちな伝統的な感性はどのような現実に直面しているのかをつぶさに調査したい。そのような状況のなかで、高齢化する民間の歌い手たちはパフォーマンスをどのような経験の機会として位置づけるようになっているのか、その変化をこれまで行なってきた研究蓄積を踏まえて考察する。
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