研究課題
特別研究員は、ZrNClの電界誘起超伝導の磁場下における抵抗-温度特性を詳細に測定した結果、この超伝導体が磁場に対して極めて弱いことが明らかになった。超伝導転移温度近傍の高温領域では、熱的なゆらぎによる2次元的な集団的磁束のクリープで説明できるが、低温では実験データはこのモデルから外れ、抵抗は一定値に飽和していることを発見した。この抵抗値を量子ゆらぎによる磁束のクリープ及びそれによる散逸を仮定したモデルでフィットすると広範囲な領域でフィットできることが分かった。これはこの最低温での抵抗の飽和減少及びそれによる量子金属状態は2次元量子ゆらぎ・ピニングの弱さに起因する極低温での量子クリープ(磁束の量子トンネリング)と磁束フローを意味している。さらにこの結果は、ZrNCl電界誘起超伝導だけでなく、結晶性の高い2次元超伝導体の磁場下の基底状態が金属的であるというユニバーサルな結果を示している。本研究成果は、特別研究員が筆頭著者として論文に執筆し、米科学雑誌「Science」に掲載された。さらにこの結果に基づき、特別研究員はスピン軌道相互作用の大きいMoS2を用いて、2次元面内で反転対称性が破れている超伝導体の物性を調べる研究を行った。具体的には、物性研究所で最大55Tを発生させることができる回転プローブ付き非破壊型パルスマグネットを用いて上部臨界磁場の角度依存性及び温度依存性の測定を行った。この実験で通常の超伝導体で考えられるパウリ極限(上部臨界磁場の上限)の5倍程度の上部臨界磁場が観測された。これは強いスピン軌道相互作用を持つMoS2単層の構造に起因する面直方向の有効磁場によるZeeman型スピン分裂によって超伝導が磁場に対して安定化していることを示唆しており、初めて面内の反転対称性の破れによる上部臨界磁場の増大の直接観測に成功したことを示している。
1: 当初の計画以上に進展している
特別研究員は、塩化窒化ジルコニウム(ZrNCl)、二硫化モリブデン(MoS2)単結晶超薄膜において電界誘起超伝導を実現し、磁場下における詳細な物性を明らかにした。まず、ZrNCl電界誘起超伝導では超伝導ゆらぎ・BKT転移・上部部臨界磁場の角度依存性から2次元超伝導とあると結論付けた。磁場下で最低温でも広範囲な領域で有限の抵抗が観測された。これは、2次元量子ゆらぎ・ピニングの弱さに起因する極低温での量子クリープ(磁束の量子トンネリング)と磁束フローの表れであり、結晶性の高い2次元超伝導体の新たな量子相を示唆するものである。さらに、物性研究所と連携してパルス磁場を用いて、MoS2電界誘起超伝導では、通常の超伝導体で考えられる上部臨界磁場の約5倍に相当する50T以上の面内の上部臨界磁場の観測に成功した。これは初めてZeeman型スピン分裂による上部臨界磁場の増大の直接観測に成功したことを意味している。どちらの研究においても期待以上の研究成果が得られた。
今後は、1)弱磁場での量子クリープの直接観測と2)強磁場での基底状態をより調べるためにの詳細な実験を行う。これまでの研究で、微弱な磁場を印加すると、結晶性の高い2次元超伝導では超伝導が壊れ、金属的な基底状態が現れることが分かった。これは磁束の量子トンネリングに起因すると推測されるが、未だその直接的な証拠は得られていない。そこで磁気力顕微鏡を使うことで量子トンネリングの直接観測を試みる予定である。また、強磁場を印加すると金属状態から絶縁体状態へ転移するが、この相境界で極めて珍しいGriffiths相が現れることが理論的に予想されている。これからの研究でそのGriffiths相を実験的に捉えられるよう、詳細な研究を行っていく予定である。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 2件、 査読あり 4件、 謝辞記載あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 11件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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http://iwasa.t.u-tokyo.ac.jp/CV_Yu_Saito_jp.html