研究課題
本研究者らは、樹状細胞 (DC)の分化を促進し、好中球の分化を抑制する転写因子IRF8が好塩基球の分化も促進することを報告した。IRF8による免疫細胞の分化制御が破綻すると疾患が引き起こされ、Irf8欠損マウスは慢性骨髄性白血病 (CML)様の病態を呈する。最近、本研究者の所属する研究グループは、CMLにおけるDCの分化、機能不全がIRF8の強制発現によって回復することを報告した。従って、CMLにおけるIRF8の発現回復は、好中球異常産生の抑制だけでなく、DCによる抗腫瘍免疫の活性化という2つの利点があり、新たなCML治療法の鍵となると思われる。また、CMLにおける好塩基球の増加は予後不良と関連するとの報告があるが、その免疫学的意義は未だに不明瞭である。本研究では、IRF8による好塩基球分化機構の理解という当初の目的に加えて、CMLにおけるIRF8の発現抑制機構や病的な好塩基球増加のメカニズムについて解明すること、さらには臨床応用を見据え、これまでの知見をヒト細胞に応用することを新たな目標としている。昨年度はCMLの原因遺伝子であるBCR-ABLによるIrf8の発現抑制機構を明らかにするために、クロマチン免疫沈降シークエンス (ChIP-seq)、マイクロアレイ、質量分析などの網羅的解析を行った。その結果、Irf8遺伝子座付近の活性化エンハンサーを示すH3K27ac化が、BCR-ABLによって著減した。また、BCR-ABLにより発現が誘導され、リン酸化が亢進する転写因子Aを同定した。転写因子Aを標的にしたChIP-seqやノックダウン実験の結果から、転写因子AはIrf8のエンハンサー領域に結合し、Irf8の発現やDC分化を部分的に抑制することが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
当初、顆粒球前駆細胞 (GP)においてIRF8が直接誘導する転写因子を同定するために、GPにおけるIRF8のChIP-seqを行う予定であった。しかし、GPにおけるIRF8の発現が低く、現行のChIP法では実施が困難であり、今後は細胞株を用いたChIP-seqを試みる予定である。一方、IRF8の発現制御機構に関する研究は進んでおり、IRF8を抑制する可能性がある転写因子も同定した。IRF8は好塩基球を含む免疫細胞の分化に重要なため、IRF8の発現制御機構の解明は好塩基球の分化制御の解明にも繋がると期待される。CMLにおけるIRF8を介さない病的な好塩基球増加についても研究を進めており、脾腫や好中球増加などのCML様の病態を呈し、脾臓の樹状細胞が減少するモデルマウスの系も確立した。
今年度は、1. BCR-ABLにより誘導される転写因子AがIrf8の発現やDCの分化を抑制するメカニズムについて、2. CMLモデルマウスにおいて好塩基球が異常増殖する機構について調べ、さらに、3. これまで得られた知見のヒト細胞への応用を試みる。1.については、転写因子A欠損マウス由来の細胞にBCR-ABLを強制発現させ、BCR-ABLにより引き起こされるIrf8の遺伝子発現抑制やDCの分化不全が緩和するかを調べる。DC分化不全が回復する場合は、その抗原提示能並びに細胞障害性T細胞活性の誘導能を調べる。次に、転写因子A欠損細胞にBCR-ABLを導入し、ChIP-seqによりIrf8遺伝子座付近のH3K27ac化を調べる。H3K27ac化が減弱しなければ、転写因子AがIrf8の発現抑制に関与すると考えられる。2.の好塩基球の異常増殖については、CMLモデルマウスの好塩基球やその前駆細胞を解析し、BCR-ABLによる分化異常がどの段階で起きるのかを評価する。また、BCR-ABLによって異常増殖した好塩基球の機能については、サイトカインの産生能に加え、マイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を行い、CMLの病態形成にどのように関与するかを調べる。これまで得られた知見はマウスを用いた実験によるものであり、研究の発展には3. ヒト細胞への応用が不可欠である。ヒト正常骨髄前駆細胞のDC分化系を樹立し、BCR-ABLによるDC分化不全並びにIRF8導入によるDC分化回復について検証する。さらに、上記1, 2で得られた知見についてもヒト細胞で検討を行う。また、GPのChIP-seqについては、好塩基球様細胞株であるKU-812細胞を利用する。これにIRF8を強制発現させ、好塩基球へと分化することを確認した後に、ChIP-seqを行う。
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臨床免疫・アレルギー科
巻: 63 ページ: 593-596