本研究ではまず始めに、神経回路の簡易モデルを構築し、部分強化消去効果を説明する神経メカニズムを提案した。モデル構築に関して、扁桃体および下辺縁皮質で観測される活動パターンの異なる三種の神経細胞群(Fear neurons・Persistent neurons・Extinction neurons)に注目し、それぞれの神経細胞群に対応するユニットから成る回路を構築した。このモデルでは、Fear neuronsが危険度、Persistent neuronsが非条件刺激の強度、Extinction neuronsが安全度を符号化し、それぞれの予測誤差が学習シグナルとなり、シナプス可塑性を制御する。このモデルをシミュレーションした結果、部分強化消去効果を再現することができた。また、Extinction neuronsの学習シグナルが「非条件刺激が提示されないことに対する驚きの度合い」を符号化していることが、部分強化消去効果を生み出す原因であることを示した。さらには、モデルからの予測として、部分強化消去効果を緩和することができる学習法を提案した。 次に、簡易モデルの拡張を行い、Fear neuronsに対応した扁桃体中心核、Persistent neuronsに対応した扁桃体外側核、Extinction neuronsに対応した下辺縁皮質および核間細胞群からなる神経回路を構築した。また、シナプス可塑性に長期および短期の時定数のダイナミクスを導入した。シミュレーションの結果、核間細胞群において形成された消去記憶が下辺縁皮質の活動依存的にゆっくりと固定化していった。したがって、下辺縁皮質がなければ消去記憶は固定化されないが、下辺縁皮質がなくても消去記憶を取り出せることが示された。またこの拡張モデルは、部分強化消去効果をも再現した。 本研究によって、恐怖記憶の獲得と消去において不確実性がどのように神経回路のレベルで処理されているのか、また下辺縁皮質がどのような役割を果たしているのかに関する理解が進んだと言える。
|