研究課題/領域番号 |
15J08236
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿由葉 大生 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
|
キーワード | インドネシア / 社会保険 / 保険数理 / シミュレーション / 予測 |
研究実績の概要 |
調査手段・調査地の再選定:本研究においては当初、日本国内の研究機関および自治体において、社会シミュレーションについての科学人類学的調査を予定していた。しかし、調査対象の機関において、十分観察可能なほど社会シミュレーションが用いられているわけではないことが判明し、調査対象の再選定を余儀なくされた。そこで、昨年度より国民皆保険制度を持つことになったインドネシア共和国における人口予測、保険の設計を題材として社会シミュレーションについての知見を得るのが適切だという考えに至った。 文献資料の収集:そこで、平成27年度は、インドネシア語言語の習得、インドネシアに赴いての現地研究協力者との信頼関係の確立を目標に据え、研究活動を実施した。文献調査については、保険学、隣接するリスク学についての基礎知識を習得し、そうした知がインドネシアにおける実際の運営の中でどのように使われるのか、白書や刊行物を中心に文献研究を進めた。また、インドネシア学術院地域資源研究センターをカウンターパート機関として、インドネシア国内での学術調査実施のための手続きを進めている。 得られた知見:予備調査を通じて明らかになったのは、保険設計に先立って、計算不可能なものを計算可能に置き換えるという事実である。具体的には、従来は各医療機関の裁量に任されていた医療行為を標準化し、計算可能な形にコード化するという作業(すなわち、診療報酬体系の策定)が、保険運営における予測に欠かすことができないことも明らかとなった。従来の科学哲学のシミュレーション研究がシミュレーションモデルの構築に多くの焦点を当てているが、計算不可能な医療を計算可能な数値に置き換える過程の重要さは、本研究が提出する重要な知見の1つであると考えられる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27の研究においては、①現地言語の習得、②調査地における現地有識者とのコンタクトの確立、③文献調査の3つを目標に据えていた。①現地言語の習得および③文献調査につちえは一定の進展が見られたものの、②の現地有識者へのインタビュー調査およびコンタクトの確立については十分に達成することができなかった。 しかしながら、2つの観点から重要な進展があったと考えられる。まず、文献調査と現地と予備調査により研究対象(インドネシアにおける人口・保険数理予測)についての知見が得られた。具体的には、ジャワ島中部のジョグジャカルタ特別州にて語学研修及び予備調査を行った。当初予定していた現地有識者へのインタビューは行うことができなかったが、地域の診療所の見学と利用者の声を聴くことができた。これによって、新しく発足した国民健康保険と従来の既存の公的健康保険(軍人・公務員向けの職域健保)との棲み分けという経路依存が保険制度の形成に果たした役割が明らかになった。加えて、医療行為を標準化し、計算可能な形にコード化するという作業(すなわち、診療報酬体系の策定)が、保険運営における予測に欠かすことができないことも明らかとなった。残念ながら、本文献研究の知見は業績として公開する段階には至っていないが、平成28年度の研究の基礎となるものである。加えて、社会科学における調査手法を整理し、共著書籍の一部として刊行することができた。これは、来年度以降、フィールドワークによって得られたデータを整理してゆく上で必須の知識とスキルを習得し、その知見を刊行物として公開したことを意味する。
|
今後の研究の推進方策 |
平成28年度からの研究においては、昨年度までに得られた知見、すなわち、従来の公務員向け職域健康保険が国民健康保険に与えた影響、そして、診療群別包括評価によって診療報酬が定められていることを念頭に、有識者へのインタビュー調査及び、国民健康保険運営機関での参与観察を行う。具体的には、従来公務員向け職域健康保険を運営しており現在は国民健康保険の運営機関へと改組された社会保険運実施機構(BPJS: Badan Penyelenggaraan Jaminan Social)の各事務所での業務の実際、BPJSとインドネシア医師会との間で今年度に予定されている診療報酬体系の改定作業の実際について、参与観察を行う。また同時に、インドネシア金融庁や保健省といった、国民健康保険業務を監督する省庁の担当者へのインタビュー調査も予定している。 しかし、上記のような論点だけではなく、調査を進めてゆく中で新しい発見があればその都度、研究のスコープを広げて調査を行ってゆく。具体的には、現在整備が進められている国民年金保険など、ほかの論点も対象として含めてゆく可能性がある。これは、本研究の目的が、保険の設計を題材として社会の予測という営みについて、それにかかわる当事者の置かれた文脈に定位して理解しようとすることにあるからである。この目的のため、本研究では、仮説検証によって現象を説明するのではなく、当事者の置かれた文脈に即して彼らの現実を記述するという人類学的な方法を採用している。そのため、上記の知見を念頭に置きつつも、調査を進める中で仮説を生成し、調査方法を逐次修正してゆく。
|