本研究は、科学技術社会論や科学人類学における先行研究があまり扱ってこなかった、社会分野における予測科学について、どのような実践、技術、知識によって予測という営みが行われているのか、人類学的なフィールドワークによって明らかにすることにある。 事例としてインドネシア共和国の社会保障政策の策定過程を取り上げ、予測の人類学的研究を行った。具体的には、インドネシアで2014年1月から導入された確定給付型の国民年金を対象として、老齢や身体的障害のリスクがどのように予測され、年金財政が組み立てられるのかを分析するため、以下の研究活動を行った。 1)インドネシアの社会保障審議会(Dewan Jaminan Sosial Nasional)のメンバーへの半構造化インタビュー調査の実施、2)労災・年金保険業務を所轄する労働保障実施機関(Badan Penyelengaan Jaminan Sosial Kentenagakerjaan)の保険数理担当者へのインタビュー調査の実施、3)国立図書館における文献資料、社会省、保健省刊行の公的報告書の形態素分析、4)医療機関における参与観察調査 その結果、同国の社会保障政策における予測実践は、a) 保険数理や、予測技術のパッケージ化、国勢調査による国民の経済状態の詳細な把握など、技術や知識の普及によって可能となっていると同時に、b) 1998年のアジア通貨危機の記憶、社会保障制度構築のための諸外国からの支援、c) 老齢、疾病、労災などの危険を、政策オプションによってコントロール可能なリスクとして数値化しようとする厚生的な政治文化の醸成によって成り立っていることが明らかになった。このことは、予測科学を、未来をリスクとしてコントロールしようとするリスク社会の視点から再度捉え直す必要性を示唆している。
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