研究課題
HER2は、種々の腫瘍において、しばしば過剰発現する受容体型チロシンキナーゼである。HER2を標的とする抗体治療薬としてトラスツズマブ(Tras)が用いられる。また、Trasを用いた低分子抗がん剤の薬剤輸送システムが開発されている。この剤型として、Tras結合低分子化合物(Tras-SM)およびTras提示イムノリポソーム(Tras-IL)が開発されている。本研究では、患者個人に最適なHER2標的治療薬の選択システムを構築することを目的とした。そして、Tras単体の細胞内移行促進因子である、カベオリン-1(Cav1)の発現に着目し、これらの剤型の細胞内動態の解析および治療効果の検討を行った。HER2陽性のSK-BR-3細胞とCav1を安定発現させたSK-BR-3/Cav1細胞を用い、異なる剤型のリソソーム移行量と抗がん活性を評価し、以下の結果を得た。・TrasはCav1発現によってリソソームへの移行が促進される。一方で、Tras-ILはCav1発現にかかわらずリソソームへ効率的に移行する。・Tras-SMにおける抗がん剤の細胞毒性はCav1発現に依存する。一方で、Tras-ILにおけるそれはCav1発現に依存しない。・Tras-ILは様々なエンドサイトーシス経路によって、Trasの細胞内移行を促進する。これらの結果から、Tras-ILは、低分子抗がん剤のドラッグデリバリーシステムのためのすぐれた剤型であると結論づけた。本研究結果をもとに、タキサン系抗がん剤を多量に封入するHER2標的リポソーム製剤の開発を目指した。リポソーム内水相へ薬剤溶解性の優れる溶媒を封入させることによって、従来の5-10倍程度の薬剤量をリポソームに封入した。そして、タキサン封入リポソーム表面にHER2特異的ペプチドを結合させ、HER2発現がん細胞を標的とする新規HER2標的治療薬の開発に成功した。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、HER2陽性がん患者のための、HER2標的治療薬の選択システムの構築を目指した。トラスツズマブ(Tras)の細胞内移行促進因子であるカベオリン-1(Cav1)の発現に着目し、トラスツズマブ(Tras)を用いた2つの異なる剤型(Tras-SMおよびTras-IL)の細胞内動態を明らかにした。さらに、抗がん剤の細胞毒性試験において、Tras-SMはCav1発現に依存し抗がん活性を示したのに対して、Tras-ILはCav1発現に依存せず効果的な抗がん活性を示すことを明らかにした。これらの結果から、Tras-ILは低分子抗がん剤のドラッグデリバリーシステムのための有用な剤型であると結論付けた。また、タキサン系抗がん剤を高担持率で封入するリポソーム表面にHER2を標的とするペプチドを提示させた新規 HER2標的治療薬の開発にも成功した。以上のことから本研究課題は期待通り進展した。
本年度の結果の再現性を確認し、論文投稿により研究成果の発表を行う。また、近年、がん治療の標的として注目されている、がん幹細胞にも焦点を当てて、研究を実施する。がん幹細胞にも特性の異なる細胞群が存在することが報告されている。HER2を発現するこれらの異なる特性をもつがん幹細胞群に対して、Cav1の発現にも着目しつつ、本年度、確立したアッセイ系をもとに、HER2標的治療薬の細胞内動態および治療効果について検討する。そして、HER2標的治療薬の選択システムの構築を行う。
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Journal of Microencapsulation
巻: 33 ページ: 172-182
10.3109/02652048.2016.1144815