本年度は,意思決定における選択と選好の循環的連鎖に関する研究について,(1)評価対象の意識的知覚に先立つ潜在的選好評価過程と(2)一度選好評価が決定した後の選好再評価過程の両面から検討を行った。 (1)評価対象の意識的知覚に先立つ潜在的選好評価過程の認知神経科学的研究 本年度は,最終的な選好が決定される前段階での潜在的な選好評価過程について脳波計測実験により検討した。実験では,単眼に提示した視覚刺激への意識的知覚を強力に抑制する閾下刺激提示法 (連続フラッシュ抑制)を用いて顔刺激を提示し,顔に対する意識的知覚が伴わない場合であっても,後頭領域で惹起される脳波が顔選好を反映して急速に変化することが明らかになった。こうした結果は,顔のように生物学的・社会的に重要な視覚刺激に対する選好は,無自覚的かつ自動的に脳内で処理されていることを示唆している。 (2) 選好再評価における社会的影響についての実験心理学的研究 選好意思決定においては,最終的な選択が意思決定過程の終点ではなく,選択後に生じる選好再評価の過程も存在することが指摘されてきた。本年度は,実験心理学的研究により,一度選好評価が決定された後でも他者の選択行動を観察することによって選好の再評価が生じ,他者が選択した対象はより好ましいと評価されるようになること,さらに,他者がどのような選択を行ったかについて顕在的に記憶していない場合であっても,選好の再評価が自動的に生じることを明らかにした。こうした結果は,単に他者の態度や選好に接触するだけで,自発的に自己の選好が更新されることを示唆している。これらに関する研究成果については専門誌および国内外の学会にて発表を行った。また,これらの研究をまとめた博士論文は論文審査を経て,慶應義塾大学より博士 (心理学)の学位が授与された。
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