研究課題/領域番号 |
15J08344
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
北村 理依子 京都大学, 法学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 信教の自由の特殊性 / 人権の普遍性と一体性 / SAS事件 / 判決の法的非一貫性 / 国内の文脈 |
研究実績の概要 |
本年度は、修士課程においてまとめた修士論文における課題の解決を中心に、研究を行った。修士論文においては、欧州人権条約体制における信教の自由をテーマに、同条約の関連条文の解釈論を展開すべく、主に宗教的シンボルに関する欧州人権裁判所の判例の分析を行った。そこで生じた課題は、一つには、①判例の分析が不十分な点があり、より多くの書籍に基づく研究を行う必要があった点である。もう一つには、②信教の自由が人権の中で有する特殊性の証明が不十分であった点である。
まず、①の課題については、より広範な判例評釈を手掛かりに分析を行った。たとえば、直近の判例であるSAS事件では、欧州人権裁判所は、フランスの”vivre ensemble”(「共生」)という原則を保護するために顔全体を覆うスカーフの公的な場における着用を禁止する国内法(いわゆる「ブルカ禁止法」)が条約に違反しないと判断したのであるが、修士論文においてはこれに対する批判のみを取り上げた。しかしながら、少数ながらもこの判決を支持する立場・理論もあり、これらは、宗教戦争の歴史やフランスに暮らすイスラム教徒の相対的社会的劣位の調整の必要性等のフランスにおける文脈の特殊性・重要性や、そもそも「ブルカ禁止法」が人権の枠組で議論できる類のものではないこと等を指摘していることが分かった。
②の課題における証明は、いまだ完了していない。現時点においては、この証明が、国際法研究にとってどのような意義を持ちうるかについての一定の結論を得ている。すなわち、②で示そうとする信教の自由の特殊性は、人権という概念そのものの一体性や普遍性というものに挑戦する可能性を持つものであると考えている。このことは、第二次世界大戦以降特に発達してきた人権の概念が一般国際法の各分野に多様な影響を与えていることを前提としたとき、一般国際法全体にも変容を迫る点で、重要性を持つ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記研究実績の概要において示した通り、国際法における信教の自由の保護枠組を調査する過程で、①と②を課題として掲げ、一定の研究成果を上げている。こうした研究成果は、学内および学外における研究会において発表してきた。
まず、①の課題に対する研究成果は、本年度12月に京都大学において開催された、ソウル大学と京都大学との間の合同セミナーにおいて発表した。同セミナーは、前年度も開催しており、前年度参加者たちには、今年度の研究が前年度のものよりも深化しているとの評価を得た。①の研究は、夏にハーグおよびジュネーブを訪れ、ハーグ国際法アカデミーの参加者や、ジュネーブ所在のNGOであるUniversal Rights GroupのLimon氏、欧州人権裁判所元裁判官のCaflisch氏からの助言や議論にも依っており、国外での研究も成果を上げていると評価できる。
次に、②の課題に対する研究成果は、"Values in Religious Freedom"というテーマの下、今年度の5月に隣国中国の新センにて開催された、北京大学大学院と京都大学法学研究科との間の合同セミナーにおいて発表した。また、1月には、問題提起をはかるような論文を国際法研究会において紹介した。各発表においては、十分な議論の時間が与えられ、今後必要となる課題が、特に多元主義という概念の社会学的な研究をフォローすることと、信教の自由とそれ以外の人権を比較するべく各人権(特に表現の自由)の保護範囲を研究することであると判明した。
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今後の研究の推進方策 |
上記研究実績の概要において示した①と②の課題に対する研究から、今後の研究の推進方策が導出される。
まず、①で示したような、判決の批判と擁護の対立点は、「信教の自由という個人(少数者)の権利を、多数派(国家)の主張にどの程度優先させるのか」という問いへの立場の相違にある。そもそも、両者の対立を昇華させる方法を模索することも考えるべきではあり、その方法の実現に向けて法が有用であることも考えられるが、こうした昇華の方法を探るにせよ、対立軸の一方を支持するにせよ、そこには明快な法解釈を超えた検討が必要であり、したがって信教の自由に対する社会学・歴史学・哲学的知見が有用である。したがって、今後は、法学的視点のみならず前記の視点を含む分野横断的な研究が必要となる。
②の課題については、4つの観点から研究を進めており、これを引続き行う。これは、修士論文において得た結論である、信教の自由について国家が有する裁量は、条文上は民主的社会における必要性から引き出されるものであり、その必要性の判断は国家の行為の「多元主義」「寛容」「広い心」という原則への適合性に左右されるところ、その判断には当該問題の公共性および国家の宗教的アイデンティティが影響しているのである、ということを前提にしたアプローチである。その4点とは、(1)問題となっている場面の「公共性」と国家が有する裁量との間の相関関係、(2)信教の自由についての国家実行、(3)「多元主義」をはじめとする概念および「アイデンティティ」についての哲学的・社会学的研究、(4)信教の自由と他の自由の比較である。
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