今年度は,主に以下の2点について研究を遂行した.(1)熱的安定性を向上させた鉄-ゲルマニウム系チムニーラダー相FeGeγのキャリア濃度制御,(2)極端に低い格子熱伝導率を有する層状物質In2Te5の第一原理格子熱伝導率計算. 以下にそれぞれの内容について詳細を述べる. (1)前年度に,n型熱電材料として有望である非整合チムニーラダー相FeGeγのFeサイトにRuを置換することで熱的安定性が改善し,より高温における熱処理が可能になることが分かった.本年度は,Ruとドーパント元素の共置換後の高温熱処理によって,従来は熱処理温度の制限のために困難であったキャリアドーピングが可能になったかどうかを検証した.その結果,MnやRe置換ではSeebeck係数の変化がリジッドバンド的な振る舞いを示さず,出力因子の改善には至らなかったため,フェルミ準位近傍の電子構造への影響を考慮したドーパント元素選択が必要だということが分かった. (2)層状構造を有するIn2Te5多結晶の熱伝導率を測定したところ,600K付近で0.3Wm-1K-1程度の極めて低い値を示した.第一原理に基づく格子熱伝導率計算を行ったところ,van der Waals相互作用で弱く結合した層間方向で格子熱伝導率が最も低く,実験値をよく再現した.くわえて,In2Te5は価電子帯上端近傍に多数のバレーを有し,キャリア濃度の制御ができれば高い出力因子を示すことが期待される. 本研究では,パノスコピック構造制御により良質な電気的特性を維持したまま格子熱伝導率を極限まで低減した高性能熱電材料を実現することを総括的な目的としていたが,精密な微細組織の制御による性能向上の実現には至らなかった.しかし,第一原理計算の援用により有望な候補物質を複数抽出することに成功しており,今後の熱電材料研究において重要な知見が得られたと考えている.
|