円口類(ヤツメウナギ・ヌタウナギ)は進化的に重要な系統位置を占める動物群であり、本研究は顎口類と、2種の現生円口類を用いた比較解析によって、脊椎動物体液調節機構の多様性とその進化プロセスの解明を目的としている。今年度は島根で捕獲された約50匹のヌタウナギ成体を研究所内の飼育水槽で約半年間飼育し、現地のものとあわせて15個の受精卵を得た。昨年度から体液恒常性の維持に関わる内分泌物質の合成器官の発生について、形態学的観察をおこなっていたが、今年度は特に甲状腺(ヤツメウナギ幼生では内柱)の形態比較を、種々の脊椎動物に対しておこなった。これまでヌタウナギの甲状腺の発生については100年以上報告がなく、同じ円口類のヤツメウナギのように、内柱様の形態を経て甲状腺が生じるのか、直接発生するかは議論の対象となっていた。今回、ヌタウナギの発生過程の胚を詳細に観察した結果、ヤツメウナギと異なり、甲状腺原基は咽頭底から直接出芽し、腹側間葉領域に伸長していくことを明らかにした。この結果は円口類と顎口類の分岐以前から、顎口類的な甲状腺の発生パターンが存在したことを示唆しており、本研究の成果は、脊椎動物の進化を研究する上で、ヌタウナギ・ヤツメウナギ類の両グループを扱うことの重要性を示している。 また、板鰓類トラザメを用いた発生初期の浸透圧調節機構に関する研究も行っており、同じ軟骨魚類に属するゾウギンザメ(全頭類)と同様に、尿素回路酵素の遺伝子発現レベルや酵素活性が、胚体に比べて卵黄嚢上皮で有意に高く、肝臓の発達が進むにつれて徐々に尿素合成の場が卵黄嚢上皮から胚体(肝臓)へと移行していくことを明らかにした。硬骨魚真骨類の発生においても、胚体外組織である卵黄嚢上皮は体液恒常性の維持に大きく貢献しており、その重要性は水棲脊椎動物に広く共通するものだと考えられる。
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