現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
海馬が独自に女性ホルモン(プロゲステロン:PROG,エストラジオール:E2)を合成していることは、既に我々の先行研究から明らかとなっている。今回、脳内でメスラットの海馬自身が作り出す独自の性周期に伴って、海馬CA1領域の神経スパイン(記憶の貯蔵場所)の密度が増減することを見出した。具体的には、海馬内の女性ホルモン濃度は、卵胞期(P)、排卵期(E)、黄体期1(D1)、黄体期2(D2)という4ステージで変動したが、そのうちD1にPROG、PにE2がそれぞれ濃度ピークを持ち、スパイン密度も同ステージに密度ピークを示した。また、オスラットの海馬CA1領域の神経スパイン密度は、メスラットのP、D1の神経スパイン密度と同程度ということも明らかとなった。 過去の研究において、性周期をP, E, D1, D2の4ステージに分けて海馬の神経スパイン解析を行ったものはない。Principles in Neuroscienceに掲載されている有名なMcEwen 研の研究では、D1とD2を分離せず、混ぜ合わせてDとし、海馬の神経スパイン密度はPとEの中間であると報告している。 今回、黄体期をD1とD2に分けて解析を行ったことにより、D1にスパイン密度が増加し、D2では低下することを世界で初めて見出すことができた。 さらに、頭部直径の違いから、スパインをSmall-head、Middle-head 、Large-head の3種類のサブクラスに分類した結果、頭部直径分布も性周期で変化することを見出した。記憶能力が1番高いLarge-headスパインに着目すると、Pに密度のピークがあり、Eで大きく減少、その後D1 、D2で少しずつ回復してPで再びピークを示した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、性周期に伴う神経スパイン密度変動を引き起こすメカニズムの解明を行う。1日以内でスパイン密度を変動させるためには、可逆的なnon-genomic 系が働いていると予測される。具体的には、以下の2つの経路が考えられる。①プロゲステロン, エストラジオール→海馬CA1領域の神経スパイン内にあるプロゲステロン受容体(PR)、エストロゲン受容体(ER) → PKC, PKA, MAPKを活性化 → cortactinを活性化 → actin重合促進 → スパイン密度の増加、もしくは、②プロゲステロン, エストラジオール→海馬CA1領域の神経スパイン内にあるプロゲステロン受容体(PR)、エストロゲン受容体(ER) → LIMKを活性化 → coffilinを不活性化 → actinの解離を抑制 → スパイン密度の増加。 そのため、受容体(PR,ER)や、上記のリン酸化酵素の選択的阻害剤を、生きた急性海馬スライス (素早く解剖した海馬を、ビブラトームを用いて生きたまま400μmのスライスにしたもの)に作用させ、スパイン密度がどのように変動するかを調べている。 この時、ネガティブコントロールとして、アポトーシスに関わるリン酸化酵素(JNK)の選択的阻害剤を使用する。JNKは、神経スパインの可塑性に関わらないと予想しているからである。既に大部分の実験は終了し、解析を進めている。 さらに、メスラット海馬における性ステロイド合成系及びその受容体の蛋白質発現レベルとその局在を、各性周期ステージごとに調べる。各性周期ステージのメスラットの脳を灌流固定し、凍結切片を作製する。その切片を用いて免疫組織染色を行い、性ステロイド合成酵素(StAR, P450(17α), P450arom)及びその受容体(PR,ERα)蛋白質の海馬内局在を調べる。また、海馬内の性ステロイド合成系及び受容体の蛋白質発現レベルの結果を、オスとメスで比較することによって、海馬における性差を明らかにする。
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