研究課題/領域番号 |
15J08906
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
萩原 奈津美 関西学院大学, 理工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | Syntaxin4 / カドヘリンスイッチ / EMT / 中胚葉 / P-cadherin / zscan4 / 形態 / E-cadherin |
研究実績の概要 |
ES細胞やiPS細胞などの万能細胞は、再生医療の強力なツールとして期待されているが、実用化に向けて、目的細胞への精密な分化制御が難しいという問題が残されている。現在、その原因は「万能細胞における分化状態の不均一性」にあると考えられている。これまでの研究で、未分化維持培地中の万能細胞は、完全な未分化状態を示す細胞と一定の分化方向へ性質が傾いた(分化が進んだ)細胞が混在する状態であることが示された。しかし、この不均一性を生じさせる詳細な機構についてはほとんどわかっていない。 我々は、「万能細胞における分化状態の不均一性」を生み出す実体分子として、「1.細胞集団の中で局所的な機能発現が可能である、2.細胞分化に関与する」という性質を併せ持つ、STX(Syntaxin)という膜タンパク質群に着目した。STXは細胞内と細胞外で異なる機能を発揮する稀なタンパク質で、通常細胞膜の内側に発現しているが、膜反転に伴って局所的に細胞外に提示され、表皮や乳腺の成熟・分化に関わることが近年判明した。本年度は、胚性癌(EC)細胞やES細胞などの未分化な細胞集団中で、STX4が細胞外に不均一に提示されること、また、人工的に細胞外提示させたSTX4が未分化維持培地中で中胚葉系列への分化を促進することを明らかにした。さらに、分化に伴って上皮間葉転換(EMT)様の形態変化が促進されたが、その分子機構としては、典型的EMTマーカーのSnailファミリーの変化ではなく、E型からP型へのcadherinスイッチが重要である可能性が示された。また、STX4の詳細な下流因子同定のため、トランスクリプトーム解析を行った結果、2細胞期やES細胞で特異的に発現し、未分化性の維持に重要とされる転写因子、Zscan4ファミリーに属する全ての遺伝子が抑制されることが示された。現在、以上の結果をまとめた論文執筆を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度中に、未分化な万能細胞表面でのSTX4の不均一な局在と細胞外STX4の機能、およびその分子メカニズムの一旦を明らかにすることができたことから、当該研究はおおむね予定通り進行していると考えられる。本研究ではまず、分化方向が限定された2種類のEC細胞(F9細胞および P19.CL6細胞)と分化万能性を持つES細胞を用いてSTX4の細胞外局在について解析を行った。その結果、未分化維持培地中で、STX4は全細胞を100としたとき、2割程度の細胞表面に提示されることが分かった。しかし、これまで幹細胞における細胞外STX4の機能は一切未解明であったことから、次に、STX4を高効率に細胞外発現させるため、テトラサイクリン誘導系とレトロトランスポゾンシステムを組み合わせた系を構築し、その機能解明を試みた。結果として、STX4によってECおよびES細胞で、形態変化を伴った中胚葉分化を促進することが示された。また、STX4による上皮間葉転換様の形態変化が分化のスイッチとして働く可能性も示された。この形態変化の過程で、E-cadherinの発現量が減少し、逆にP-cadherinが上昇するといったcadherin スイッチが生じていた。そこで、人工的にE-cadherinの機能阻害やP-cadherinを過剰発現すると、STX4による形態変化が再現されることが判明した。また、STX4の未分化性関連因子への影響を調べるために、トランスクリプトーム解析を行ったところ、2細胞期とES細胞に特異的に発現する転写因子zscan4ファミリーの全ての遺伝子が他の未分化維持因子よりも強力に発現抑制されることが明らかとなった。現在、zscan4を制御するPI3K-AKT経路とSTX4の関係について調べるため、リン酸化AKTの発現量追跡とともに、PI3K阻害剤を用いた解析を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの結果を受けて、今後の推進方策としては以下の3つのことを予定している。 一つ目は、今回cadherinスイッチがSTX4による形態変化を仲介する可能性が示されたが、このカドヘリンと中胚葉分化の関連は明らかとなっていない。そのため、P-cadherin強制発現細胞株 (もしくは同時にE-cadherinの機能阻害抗体)を用いて、STX4によって変化する中胚葉マーカーを追跡する。さらに、STX4発現誘導株でP-cadherinをノックダウンすることで、形態および分化への効果が阻害されることを確認する。 二つ目は、細胞外に提示されたSTX4の受容体を同定する。受容体の候補因子としては、まずIntegrin群に着目する。Integrinはこれまでの結果でSTX4との関連が判明しているAktシグナルを制御するとともに、同じSTXファミリーに属するSTX2の受容体として機能することが既に報告されている。また、Integrinと同時平行で、へパラン硫酸プロテオグリカであるSyndecanとの関連を調べる。ごく最近、細胞外STX4は乳腺上皮細胞においても、万能細胞と似通った形態変化を促進することが判明し、その際にSyndecanとSTX4が直接結合することが重要である可能性が示されている。 三つめは、これまでの結果の詳細解析とSTX4の細胞外機能の制御を目的とし、STX4の機能阻害抗体の作製を行う。今回はSTX4の細胞外機能のみの解析を行っているため、ノックダウンなどの手法は使用できない。そのため、STX4の細胞外機能のみに作用する機能阻害抗体を用いて、STX4による効果への影響を解析するとともに、未分化維持培地中での万能細胞の不均一性への影響を調べる。すでに、ラットにSTX4の組み換えたんぱく質を免疫し、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマをクローニング中である。
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