研究課題/領域番号 |
15J09752
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岩下 弘史 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | 比較文学 |
研究実績の概要 |
本研究は夏目漱石の文学観とウィリアム・ジェイムズの哲学・心理学との関係性を明らかにするものである。こうした研究はすでにこれまでにも存在したが、その多くはジェイムズ理解が十分とは言えず、また漱石の同時代の評論家の捉え方を参考にすることも少なく、表層的な研究になってしまっていた。こうした理由から本研究はジェイムズ思想の全体像を捉え、また同時代批評も参考にし、漱石とジェイムズのつながりが浅いものではなかったと明らかにすることを目指している。今年度はまず漱石同様ジェイムズに親しんでいた田中王堂という同時代の思想家に注目した。 王堂は、ジェイムズが唱えた「プラグマティズム」を日本に紹介したことで知られ、文芸批評でも活躍した。その文芸批評のなかには当時主流であった日本における文芸上の一つの立場である自然主義について論じるものが多く、自身のプラグマティズム的立場から自然主義者の文学観を批判している。こうした姿勢は漱石とも通ずるものがあり、実際に漱石も同様の観点から自然主義を批判していた。よってこの両者すなわち漱石と王堂の関係をさらに詳しく見るべく、王堂が漱石の文芸批評について論じた「夏目漱石氏の『文芸の哲学的基礎』を評す」」という評論について考察を加えた。その結果として、つまり王堂によるジェイムズの視点を通した漱石観を参考にすることで、主に文学と真理との関わり、あるいは「意識の連続」といった心理学的観点に関して漱石がジェイムズの影響を受けていることが具体的に明らかになった。これまでの研究では言及されることはなかったが、王堂は、前掲評論文のなかで漱石がジェイムズを参考にしていたことを周知のことであるかのごとく記しており、同時代における漱石とジェイムズの関係性への捉え方が窺い知れる。なお、この内容の一部について、2015年6月に京都で行われた日本比較文学会の全国大会にて口頭発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前述の田中王堂に関する研究の結果、漱石がジェイムズの思想の影響を受けていたことが同時代においてもすでによく知られていたということが明らかになった。このことは本研究の最大の目的、すなわち漱石とジェイムズの関係性が浅いものではなく、漱石の文学観はジェイムズの哲学思想と共通する部分を多く持つということを明らかにするということに十分資するものである。 また、ウィリアム・ジェイムズの思想それ自体の研究も同時並行で行っており、現在は特にジェイムズの道徳的問題についての意見を明確にすることを試みている。これは漱石の問題意識とも関連することであり、この点に関してジェイムズの思想構造を明確にすることは重要になる。その際に鍵となるのはジェイムズにとって重要な思考方法の「プラグマティズム」である。より具体的に現在取り組んでいる作業を明記すれば「プラグマティズム」の研究を基盤とし、そこからジェイムズの道徳論を理解するということになる。 この目的、つまりジェイムズの研究を進めるために、2015年9月よりNew York Universityでの在外研究を始めている。同大学ではジェイムズ研究に必要な資料を集め、また道徳論、メタ倫理に関する授業にも出席している。同大学に滞在している間にジェイムズの道徳論の独自性について、メタ倫理学との関連から考察する論文を執筆するつもりである。こうした一連の進捗状況を考えると研究はおおむね順調に進展しているということができる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は大きくいって二つに分けられる。 まず第一に、現在取り組んでいる、ウィリアム・ジェイムズの道徳論についての研究を完成させ、まとめることである。前述したように、New York Universityにて在学研究を行っているが、期間は2016年8月までとなっている。ジェイムズの同時代の文献、ジェイムズについて書かれた現代の論文ともに、こちらに滞在中の方がはるかに容易にアクセスできるため、また、ジェイムズ研究を行っている現地の研究者と交流できるという利点のため、まずは8月までにジェイムズの道徳論がどのようなものであったのかを、明確にしたいと考えている。 二つ目の部分はいわゆる本研究のまとめにあたる部分である。前述したジェイムズの道徳観は、ジェイムズの自身の「真理」という概念の捉え方、科学という方法に対する態度、またいかに生きるべきかという問題に対する興味など様々な点で成り立っている。そしてその多くが実は漱石自身のこのような事柄への態度と共鳴するものなのである。本研究は漱石の文学観におけるウィリアム・ジェイムズの影響を探るものであるが、漱石の文学観とは科学との対比のもと、真理という概念に注目し、文学の独自性を明らかにするものであり、その際には漱石自身のいかに生きるべきかという考えを理解するのが重要となる。『文学論』や「文芸の哲学的基礎」、「創作家の態度」といった代表的なそして漱石の文学観があらわれているとされるこの3つの著作をジェイムズの視点を通して読み直し、漱石に対する新たな解釈を提供することでまとめとする予定である。
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