研究課題/領域番号 |
15J10210
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
緑川 景子 東京大学, 農学生命科学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | コメ / 窒素追肥 / 細胞壁 / DNAマイクロアレイ |
研究実績の概要 |
食糧種実の構成成分は、種子登熟期の根圏の栄養条件に影響されることが知られており、その変動度合によっては品質特性にまで影響を及ぼす。イネの栽培においては、窒素肥料を過剰に与えるとタンパク質含有量が高まる一方でコメの食味が低下することが分かってきたため、特に出穂後の追肥は推奨されなくなった。しかし、種子において根圏の栄養状態がどのようなメカニズムによって感知され、品質特性に反映されているのかは明らかになっていない。申請者は登熟期に窒素施肥を行ったイネ種子におけるDNAマイクロアレイ解析により、追肥によって貯蔵タンパク質が増加する一方、細胞壁やデンプンといった炭素化合物の合成に関与する遺伝子の発現が抑制されることを明らかにした。そこでイネ種子内の窒素状態と多糖類合成調節機構との関連について明らかにするため、登熟種子における窒素シグナル機構の解明および細胞壁合成調節機構の解明を試みた。追肥によって変動した遺伝子はどのような化合物をシグナルとして発現変化したのか調べるため、開花後10日目の種子をGC-MSによるメタボローム解析に供した。その結果、グルコースやフルクトース、トレハロースなどの糖類は追肥区で減少したが、それらの中間代謝物であるグルコース-6-リン酸やフルクトース-6-リン酸は追肥区で増加傾向を示した。一方で、米の品質特性に影響を与えるとされる胚乳の細胞壁について、胚乳細胞壁の合成に関与すると予想されるBC1L6 に着目した。BC1L6についてはRNAiを用いたBC1L6のノックダウン株をイネ胚盤由来のカルスから作製し、さらにレトロトランスポゾンを利用したノックアウト株を入手した。これらの株について表現型解析を行ったところ、各株においてセルロース含量の低下が認められた。また、GFP融合タンパク質を用いた細胞内局在解析ではBC1L6細胞膜に局在することが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
窒素施肥したイネ種子のマイクロアレイ解析では、デンプン合成関連遺伝子が抑制され、分解関連遺伝子は発現上昇している傾向がみられた。すなわち、窒素シグナルにより、貯蔵タンパク質が増えるだけでなく、デンプン合成・代謝に関わる遺伝子が発現制御されることで種子内のC/Nバランスが調整されている可能性が示唆された。そこで、今年度はマイクロアレイによって抽出された遺伝子はどのような化合物をシグナルとして発現変化したのか調べるため、開花後10日目の種子をGC-MSによるメタボローム解析に供した。GC-MS解析では糖、アミノ酸、有機酸などの高極性成分を対象とした428種の代謝成分データベースとの照合による同定、および全検出ピークを用いた多変量解析を実施した。その結果、追肥区と標準区はそれぞれ特徴的なピークパターンを示した。またSucroseの定量分析では標準区と追肥区では有意差はなかった。追肥を行うと光合成量が増加し、Sucrose生産量も上がる。しかし、種子中に存在するSucroseが標準区とほとんど変わらないことから、実際には種子に輸送されるSucrose量は調整されていると考えられる。また、糖類に関してはグルコースやフルクトース、トレハロースは追肥区で減少したが、それらの中間代謝物であるグルコース-6-リン酸やフルクトース-6-リン酸は追肥区で増加傾向を示した。胚乳細胞壁の合成に関与すると予想されるBC1L6 についてはRNAiを用いたBC1L6のノックダウン株をイネ胚盤由来のカルスから作製し、さらにレトロトランスポゾンを利用したノックアウト株を入手した。これらの株についてカルコフロー染色による組織学的解析を行ったところ、各株においてセルロース含量の低下が認められた。また、GFP融合タンパク質を用いた細胞内局在解析ではBC1L6細胞膜に局在することを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
トレハロースは広範囲の生物種に存在しており、貯蔵糖や血糖、あるいはストレス保護物質として機能している。高等植物においては蓄積量が極微量であることから、微生物や動物における機能とは異なっていると考えられている。イネのトレハロース生合成系遺伝子は9種類のTrehalose -6- phosphate synthase (TPS)、10種類のTrehalose -6- phosphate phosphatase (TPP)の存在が推定されている。追肥マイクロアレイの結果でもいくつかのTPSやTPPをコードする遺伝子がFDR< 0.05で発現変動したものとして抽出された。これら7つの遺伝子についてその発現パターンをGenevestigatorにより解析した。するとTPP1・TPP7はサイトカイニン処理により発現が減少することが示唆された。サイトカイニンは窒素栄養供給量により生合成が調節される植物ホルモンであり、窒素栄養存在下で増加する。TPP1は低温、乾燥、塩ストレスなど様々な環境ストレスに強い応答性を示すことが分かっているが、窒素栄養との関わりは報告されていない。しかし、トランスクリプトーム及びメタボロームの結果を踏まえると、TPP1あるいはTPP7の発現は細胞内の窒素量に応じて調節されている可能性が考えられる。そこで、今後はこれらの分子と窒素シグナルとの関わりについて解析を進めていく予定である。胚乳細胞壁の合成調節機構については、BC1L6と細胞壁成分との直接的な相互作用を検出するため、等温滴定カロリメトリー(ITC)を用いて、大腸菌で発現させたBC1L6融合タンパク質と、セルロース、ヘミセルロースなどの細胞壁成分との相互作用解析を試みている。細胞壁成分の変動は吸水能などに関わると考えられ、今後、BC1L6ノックアウト米の調理特性を解析するために量産を試みている。
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