本研究は,分子生物学的な手法を用いることで、コメの登熟途上の遺伝子発現変化から収穫種子内の成分変化を予測・紐付けし、コメの生産性と品質の向上を分子レベルで目指したものである。初年度ではコメの成分バランスが窒素集積側に傾くことで引き起こされる「多糖類の量的・質的変化」が品質低下の原因であるという新たな仮説を提示した。本年度では、さらに窒素追肥によって変動した遺伝子発現に関与する代謝産物を明らかにすることを目的とし、生体内で重要な役割を果たすことが報告されているTrehalose-6-phosphate (T6P)と、T6Pを含むTrehalose合成系における主要代謝産物に着目した。その結果、追肥群で登熟種子内のT6P蓄積量が顕著に増加し、Trehaloseが減少していること見出した。また、実際に追肥群の種子内でT6Pの代謝に関与する分子の絞込行った結果、Trehalose-6-phosphate phosphatase 7が細胞内の窒素シグナルに応答し、T6Pの蓄積量を調整している可能性を見出した。 また、追肥群のイネ種子の細胞壁成分の減少から、胚乳の細胞壁形成に関わると考えられるBC1L6に着目した。BC1L6は登熟後期の種子で発現が高くなり、特に胚乳の外周部に発現がみられることを明らかにした。さらに、BC1L6のノックアウト変異体を用いた解析により、BC1L6の細胞壁合成への関与をin vivoで示した。胚乳細胞壁はコメの物性に与える影響は大きい。これまでに、細胞壁量が減少した変異体はいくつか得られているが、それらでは茎や葉に対する影響が大きくでるため、種子形成そのものへの影響を評価できなかった。本研究により、OsBC1L6の品質に果たす細胞壁の機能を明らかにすることで、コメの品質制御に関する更なる知見が得られるものと期待される。
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