現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、Mn4CaO5クラスターに配位するカルボキシル基の振動構造に着目し、研究を行った。フーリエ変換赤外分光(FTIR)法はカルボキシル基の構造変化を検出することができる有力な手法であるが、Mn4CaO5クラスター周辺には複数のカルボキシ基配位子が存在するため、各S状態遷移に伴う詳細な構造変化については明らかになっていない。そこで今年度については、水分解反応におけるMn4CaO5クラスター周辺のカルボキシ基配位子の役割を解明することを目的として、X線結晶構造(Suga et al., 2015)に基づくquantum mechanics/molecular mechanics(QM/MM)計算による基準振動解析を実行した。これまでに、Mn4CaO5クラスターには、現在異なる酸化数モデルが提唱されている。4つのMnが(III×2, IV×2)の高酸化モデルと(IV, III×2, II または III×4)の低酸化モデルである。そのため、高酸化数モデル及び低酸化数モデルの赤外差スペクトルをシミュレーションした。さらに、架橋酸素O5とMn4に配位するW2のプロトン化状態を変えて、カルボキシル基のCOO-対称伸縮振動領域における実測の赤外差スペクトルと比較した。その結果、高酸化モデルは実測のS2/S1差スペクトル(Noguchi and Sugiura, 2002)及びC12/C13 -A344二重差スペクトル(Chu et al., 2004)を再現したのに対し、低酸化モデルは両方のスペクトルを再現しなかった。これは、高酸化数モデルを支持する結果である。赤外差スペクトルの帰属から、1362/1401 cm-1の正負のバンドは、カルボキシル基配位子であるD170及びE333の振動の低波数シフトに起因することが示された。また、S1→S2遷移において、Ca-水分子間の結合が強くなり、さらに、Caに配位するW3及びW4のOH距離が長くなった。これはD170のπ共役系を経由して部分電荷がCaからMnへ移動したことに起因する。以上の結果から、MnとCaを架橋するカルボキシル基配位子は、Caに配位する水分子の反応を制御していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により、水分解反応におけるプロトン移動経路が示された。今後は、Mn4CaO5クラスターの酸化還元電位の制御機構に着目して研究を行う。電荷分布と酸化還元電位は密接に関係しており、Mnクラスター周辺の電荷分布を特定することは、酸化還元電位の制御機構の解明のためには必要不可欠である。プロトン化構造を解明することにより、周辺アミノ酸の持つ電荷を特定し、アミノ酸の酸化還元電位の制御機構を解明することを目指す。そのため、来年度はMn4CaO5クラスター周辺のプロトン化構造に着目し、Mn4CaO5クラスター周辺のアミノ酸残基および水分子のプロトン化状態が振動構造や酸化還元電位に与える影響を調べる。そして、実測赤外スペクトルとの比較により、それらのプロトン化状態を明らかにする。Mn4CaO5クラスター周辺のアミノ酸残基および水分子のプロトン化構造の計算では、計算モデルは、X線自由電子レーザーによる光化学系IIタンパク質のX線結晶構造(Suga et al., 2015)から作成する。Mn4CaO5クラスターと水素結合距離にあるヒスチジン残基(D1-His337)とMn4CaO5クラスターに配位する水分子のプロトン化状態を変えた複数のモデルを作成し、Gaussian09のONIOM法を用いてQM/MM計算を実行し、構造最適化および振動解析を行う。このとき、Mn4CaO5クラスターの電子状態として(Ⅲ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅳ)の高酸化数モデルを採用し、高スピン状態として計算を行う。得られた結果から、S1→S2遷移による偏光赤外差スペクトルを計算し、実測スペクトルと比較することにより、ヒスチジン残基および水分子のプロトン化状態を決定する。さらに、各プロトン化構造における酸化還元電位を計算し、周囲のプロトン化構造と中間状態遷移における電子移動反応との関係を明らかにする。
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