研究課題/領域番号 |
15J10363
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
神田 惟 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | イスラーム美術史 / 釉下彩 / ラスター彩 / ペルシア語詩 / サファヴィー朝 / 墓石 / カーシャーン / フスタート |
研究実績の概要 |
本年度は,①15-17世紀イラン製の釉下彩およびラスター彩陶製墓,②15世紀にエジプト製の釉下彩陶器,および③来歴が確実な西アジア製釉下彩陶器(輸出品)を中心に研究を進めた。 ①陶製墓は,死者の没年という紀年銘を有するため,同様の技法・様式で制作された陶製容器の年代同定の礎として用いることができる。したがって,本研究が目的とする,西アジア地域における12世紀後半以降18世紀に至るまでの釉下彩技法の伝播・発達過程と,同地域における釉下彩陶製品制作を取り巻く社会経済状況を明らかにする上で欠かすことのできない重要な美術品である。2015年4月1日より6月30日まで,研究指導委託制度を利用し,Prof. Oliver Watsonの所属する英オックスフォード大学大学院東洋学研究科 Khalili Research Centre に基盤を置き,氏の指導の下,V&A美術館(英ロンドン)の所蔵する釉下彩陶製墓4点の調査を行った。その後,7月および9-10月のヨーロッパ(英,独,仏,蘇,希)出張を行い,ハンブルク美術工芸博物館(独ハンブルク),陶器博物館(英ストーク・オン・トレント),スコットランド国立博物館(蘇エディンバラ),セーブル陶磁美術館(仏セーブル),アラブ世界研究所(仏パリ),V&A美術館の所蔵する釉下彩陶製墓3点,ラスター彩陶製墓3点の調査を行った。結果として,未出版の作例を含む計31点の陶製墓について,墓の被葬者の死亡年のみならず,被葬者の出自(=パトロネージ層),および,墓碑として記されるペルシア語詩の同定に史上初めて成功した。 ②については国際会議にて発表を行った(次項参照)。 ③ロシア科学アカデミー考古学研究所の招聘で渡露し,モスクワにおける学術的発掘で得られた中央アジア製釉下彩陶器(13-14世紀),およびトルコ製釉下彩陶器(16-17世紀)等の調査を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ラスター彩および釉下彩陶製墓の銘文の一部であるペルシア語詩を解読することにより,当初予想していた以上のresultを得ることができたため。また,国内所蔵のフスタート採取陶片について,国際学会において紹介することができたため。 特筆すべき成果としては,ハンブルク美術工芸博物館所蔵のヒジュラ暦967年(1560年)の紀年銘を有するラスター彩陶製墓(所蔵番号 1960.64)の碑文を解読し,追悼詩の同定に成功したことが挙げられる。当該作品に記された詩は,イラン北中央部に位置する都市・カーシャーンを中心とする文芸サロンの中心人物であった詩人モフタシャム・カーシャーニー(1588年没)が,故人のために特別に編んだアブジャド詩であった。これは,16世紀に至るまでカーシャーンにおいてラスター彩技術が保持され続けていたことを示唆するのみならず,同地域において専業詩人が工人と協力体制にあったことを裏付ける新証拠となる重要な事実である。本発見については,2015年10月18日に第57回日本オリエント学会にて口頭報告を行い,2016年2月末にイスラーム美術史の専門雑誌であるMuqarnasに英語論文を投稿した。 加えて,V&A美術館等で調査を行った17世紀イラン製の釉下彩陶製墓についても,5th International Conference of NIHU Program for Islamic Area Studies(2015年9月11日,於上智大学)にてポスター発表を行い,イスラーム地域研究者からのフィードバックを得た。 また,ギリシャのアテネで行われた13th European Meeting on Ancient Ceramicsにて,大原美術館(倉敷)所蔵のフスタート採取陶器片を礎に,15世紀のエジプトで釉下彩陶器を制作した工房の運営形態に関するポスター発表を行った。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,年代同定の基準作として用いるための釉下彩サンプル数を増やしていくと同時に,専業詩人モフタシャム・カーシャーニーとカーシャーンにおける手工業との関わりをより深く追求すべく,イギリスおよびイランにて未公刊史料(おもに同時代詩人伝)の収集・読解を進める予定である。このように,マテリアルおよびテキストの双方からアプローチし包括的に手工業のあり方を検討することにより,これまで不明瞭であった宮廷工房外で制作された作品群の産地同定や,それらの作品群の置かれていた社会的コンテクストの復元に貢献することが期待される。
②の研究内容については,国際学会での反響が大きく,国外の研究者に我が国に所蔵されているフスタート採取陶器片の重要性をアピールできたと考えている。この成果については,2016年度中に英語論文にまとめる予定である。
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