研究課題/領域番号 |
15J10465
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐谷 茜 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | データ同化 / 湿性沈着 / 物質循環 / 大気モデル |
研究実績の概要 |
同位体領域気象モデル(IsoRSM)を用い福島第一原発事故で放出されたセシウム137の大気輸送過程を実験し、観測結果との検証を引き続き行った。27年度事業で開始した追加の詳細な解析である、計算期間中の降水が1㎜以上観測された日について、沈着量分布の観測値に対する実験結果の割合を調査した。結果、時空間解像度が高い大気境界条件を利用し、解析雨量を用い湿性沈着量分布を再分布させた結果が、観測値に対し0.5-2倍以内に含まれる値が最も多い感度実験結果となった。よって、降水の観測データである解析雨量を用いてモデル出力の湿性沈着量を再分布させる手法が、降水が多く観測された2011年3月20日以降、すなわち関東地方にホットスポットが形成された期間においてモデル精度向上に大きく貢献したことが分かった。このように、本研究の実施した感度実験の結果の違いがより明らかとなり、同時に解析雨量による湿性沈着量の再分布手法のもたらす精度改善度合いが大きいことが改めて証明された。 降水データ同化手法については文献調査に加え、ワークショップや理化学研究所の研究員による発表など関連分野の研究者と直接情報交換する機会を得た。特に2016年9月末の14th RSM Workshopで紹介された、ハリケーンカトリーナ発生時の降水分布や気圧分布等を、衛星データを用いてデータ同化おこなった研究結果は、本研究においても大いに応用可能であり、今後のデータ同化実施に重要な知見を得られた。 更に、本研究の将来の原発事故対策における適用方法を検討するため、2016年10月に自治体職員と他研究機関の担当者と打ち合わせを行った。本研究から提供可能な放射性物質の沈着量分布について、仮に一般公開した場合の注意すべき点について参加者間で意見を共有し、研究成果の発表を見据えた効果的な議論ができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
28年度前半は27年度の繰り越し事業を行い、28年度に予定していた事業内容は年度途中から開始したが、概ね期待した成果を得られた。まず、27年度繰越期間に開始した、降水が観測された日についての湿性沈着量の追加解析を完了させ、27年度に用いた観測降水を用いた沈着量分布の再分布手法のモデル精度への向上に対する貢献を、改めて明らかに示すことができた。また、27年度に行ったモデルのバグ修正に基づき、放射性濃度と空間線量の比較を再度行った。また、既に実施した解析よりも比較地点を増やした。結果、セシウム137の観測された定時降下物の日界の直前に上昇した空間線量、すなわち放射性プリュームの接近が、モデルでは2-3時間遅れて再現されていることがモデル出力の濃度と比較したところ再度確認できた。また、今回は比較したモデル出力の濃度として、27年度に用いていた各グリッド内の鉛直方向の総和ではなく、地表2m地点の濃度を用いたことで、27年度までの解析の精度を上げることができた。上記の湿性沈着量の追加解析、および前年度に行ったモデル設定の修正に伴う再計算結果、27年度事業の繰越期間に実施した放射性濃度の観測データとの検証結果を、準備を続けていた投稿論文に追加の上執筆を進めている。 また、次年度に開始する降水データ同化については、文献調査だけでなく他の研究機関の研究者とも活発に議論を行う機会に恵まれた。この結果、衛星データの使用、降水確率を用いたデータ手法など、より具体的なテストシミュレーション案を練ることができた。また、大規模な計算を行うことが予想されるため、当初予定していたノートPCではなく並列計算も十分可能な高機能のワークステーションを新たに購入し、総じて29年度の作業を効果的に進めるための準備も抜かりなくできたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
27-28年度に進めてきたIsoRSMの放射性物質輸送シミュレーションにおける感度実験、解析雨量を用いた湿性沈着量の再分布手法および空間線量と濃度の比較により判明した関東地方におけるホットスポット形成時のモデル精度や観測データの日開による誤差について、論文投稿の準備を引き続き行い、これを投稿する。28年度に実施した文献調査結果および他研究機関の研究員との打ち合わせによって得られた情報をもとに、IsoRSMにおいて降水データ同化を実施する。まず、本研究の対象領域をカバーする降水の衛星データおよび降水確率データを入手する。並行して、降水確率を用いたデータ同化手法において必要な換算式をIsoRSMのコードに組み込む。また、アンサンブルカルマンフィルタという4次元データ同化手法を用いるが、IsoRSMにおいては初の試みとなるため、本研究の対象領域・期間についてテストシミュレーションを行う。また、収集を進めてきた放射性濃度・空間線量データについてもこれらを利用したデータ同化を試みる。特に、空間線量についてはモデルの基本設定では出力されないため、既に出力されている濃度や沈着量を基に疑似的な値を出すように設定を追加する。上記の降水データ同化による放射性物質の輸送シミュレーション、空間線量及び濃度のデータ同化について学会発表と論文投稿を行う。数値計算は28年度に購入したワークステーションを用いる。データ同化に関する上記2種の論文執筆作業と並行し、河川流出後の放射性物質の挙動についてシミュレーションするため、河川流出過程のモデリングや流量データなどの収集に着手する。
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