研究課題/領域番号 |
15J10809
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
本橋 和貴 東京工業大学, 大学院理工学研究科(理学系), 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | LHC-ATLAS実験 / 超対称性粒子 / 暗黒物質 / ピクセル検出器 |
研究実績の概要 |
2015年度はLHCがそのアップグレード期間を終え、運転を再開し、史上初の重心エネルギー13 TeV衝突のデータが取得できた。私はピクセル検出器のデータ収集システム関連の開発を行い、実験再開後のデータ取得に貢献した。特にピクセル検出器の運転状況を把握してデータの取りこぼしを防ぐためのモニタリングシステムの開発を担当した。ATLAS検出器最内層に新たに挿入されたピクセル検出器層は、その試運転を行う際に、温度依存で形状が歪むという問題が発覚した。この状況に鑑み、私は検出器の温度センサや電源の電圧・電流値などの情報を組み合わせ、多角的に検出器の運転状況を監視するシステムを開発した。これで得られたデータの解析により、2015年の運転中に起きた急激な温度上昇の原因も即座に判明し、問題解決の大きな糧となり、実験の安定な運営に貢献した。 ATLAS実験では様々な視点から新物理の探索を行っているが、ほとんどの解析は新粒子が不安定で生成後ただちに崩壊してしまうということを仮定している。その場合は新粒子が長寿命となるシナリオに対する感度は著しく低下する。そこで、私の研究ではこの長寿命という特徴を最大限利用した新手法によるデータ解析を行い、長寿命粒子への感度を飛躍的に向上させた。 陽子衝突により生成される粒子はATLAS検出器内層の検出器にて測定された数点の3次元位置情報をパターン認識し繋ぎ合わせることで、その飛跡を再構成する。標準では、飛跡が衝突点から来ているべしという制限をかけることで計算量を削減している。しかし、これでは長寿命粒子の崩壊由来の荷電粒子飛跡は制限の枠から外れ、再構成されない。そこで、標準の飛跡再構成アルゴリズムでは用いられなかった余りの点のみを用いて、再度、制限を緩めた飛跡再構成を行うこととした。この結果、長寿命粒子の再構成効率が約100倍程度改善した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
加速器や検出器のトラブルもあったが、それぞれのエキスパートのおかげでおおむね順調にデータが取得できた。解析自体も他大学のメンバーと協力しながら作業を分配し、効率よく進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
春のうちにLHCが運転を本格的に再開し、重心エネルギー13TeVにおける陽子陽子衝突のデータが取得できる予定である。まず、当該チャンネル用に新しく開発したフィルタのもとで信号事象の収集効率がどの程度向上するか、実データを用いて評価する。解析は、信号領域を開示せずに行う「ブラインド・アナリシス」を基本とし、各背景事象が有意な領域を設定し、その領域において背景事象数の精密な見積りを行う。主な解析用マシンとしてデスクトップPCおよびディスプレイ等の周辺機器が必要となる。解析の結果の報告は日本物理学会および国際学会にて行う。 同時に、ATLASピクセル検出器で収集したデータのクォリティを評価し、測定が正常に遂行されていることを保証するため、長期間、現地の研究機関に滞在し作業を行う。 背景事象の見積もりが確からしいことを確認したらブラインドしていた信号領域を開示する。そして、ヒッグス粒子の生成断面積とインビジブル崩壊の分岐比の積などの値の測定に取りかかる。現在は背景事象の見積もり手法の不定性や、理論の不定性などを系統誤差として精細に評価している。もし、観測された事象数が統計的に有意にズレていれば、粒子の質量やその他物理量を測定し、どの新物理の理論と合致するかを確認する。標準模型とのズレが見られなければ、ベイズ統計の技術を用いて新物理のパラメータ領域に制限を与える。この全データを用いた解析の結果を投稿論文として出版することを目指す。以上の内容をもとに日本物理学会や国際学会において発表を行い、学位論文をまとめる。さらに、新型ピクセル検出器の仕様や性能をまとめた論文を執筆し、査読付き論文誌における掲載を目指す。前年度よりも出張の機会が増えることが予想されるため、作業用のラップトップPCを用意する。
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