単層グラフェンに垂直に磁場を印加するとディラック電子系に特徴的な非等間隔なランダウ準位が形成される。この非等間隔性(非調和性)は、ランダウ準位間エネルギーに相当する光子エネルギーを持つテラヘルツ(THz)光や中赤外光に対して大きな非線形光学効果をもたらすと予測される。さらに、ランダウ準位間遷移が持つ巨大な双極子モーメントによって、ラビ周波数が光のキャリア周波数を上回るような、光と物質の相互作用に関する強結合極限に比較的弱いTHz電場強度で到達できると期待される。 そこで、単層グラフェンのランダウ準位間遷移に起因する非線形光学応答を調べるため強磁場下でのTHzポンプ-THzプローブ分光測定を行った。その結果、モノサイクルTHzポンプパルス照射下で、右、左回り円偏光THzプローブパルスに対して、それぞれ吸収飽和と誘導吸収が生じていることがわかった。吸収飽和はフェルミエネルギー付近の電子の1光子励起によるパウリブロッキング効果により説明された。一方、誘導吸収の発現は、THzポンプパルスによりフェルミエネルギーよりはるか下の価電子帯の占有ランダウ準位にホールが光注入されたことに対応し、THzポンプパルスにより電子分布の劇的な変化がもたらされたことを意味する。この結果について微視的な理解を得るために、回転波近似を用いずに密度行列の運動方程式を数値的に解くシミュレーションを行い、実験で観測されたTHz帯非線形光学応答や電子分布の劇的な変化を再現することに成功した。さらに、実験、理論両面から、光と物質の相互作用が非摂動論的領域に達していることを示し、理論シミュレーションに基づき、比較的低いTHz電場で高次高調波が発生することを予測した。本研究により、強結合極限で現れる様々な非摂動論的非線形光学応答を実現する舞台としてランダウ量子化した単層グラフェンが有効であることが初めて明らかにされた。
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