研究課題/領域番号 |
15J10989
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
品治 佑吉 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | 世論 / 感情 / 集団 / テキストマイニング / 心的相互作用 / 社会化 |
研究実績の概要 |
本年度は、主に3つの領域の研究に取り組み、順調な成果を挙げた。 第1に、社会学者清水幾太郎の「輿論」論の理論的研究である。主に『流言蜚語』(1937)というテクストに関して、『社会と個人』(1935)や『青年の世界』(1937)といった、『流言蜚語』以前に清水が執筆した著作との内容の整合性や、清水が参照したワイマール期ドイツの世論研究との関係を学説史的に検討した。その結果、これまで先行研究では大きな飛躍があるとして理解されてきた清水の議論が、少なくとも1935年以降の一貫した展開を見せていること、またその際に清水が世論の表明を規定する感情的条件に関する分析を行っていることが明らかになった。 第2に、清水幾太郎の指導教官であった家族社会学者・戸田貞三の理論的著作の歴史的意義の検討である。清水の1940年代初頭における研究関心の展開を理解する上で、先行する戸田の社会学の業績の理論的パースペクティブとの関連性を検討する必要があった。そのため『社会学』(1932)を初めとする戸田の社会学の歴史的意義を、戸田の主な研究領域とされる家族研究との関係も視野に入れつつ解明する作業に取り組んだ。その結果、同時期の社会学においては「集団」という一般的な概念を設定することにより、個人が社会から与えられる影響や社会に対し発揮する作用を局面ごとに分節化しようとする問題意識があったことが明らかになった。 第3に、清水幾太郎の著作を対象としたテクストマイニングである。特に清水の著作集に関して、各時代において清水が重視していた用語のテクストマイニングを行い、清水の「転向」をめぐる先行研究の理解を検証し、今後の研究を進めるに当たっての手がかりを得た。とりわけ戸田において重要な意義を有していた「集団」という語への着目が、清水にも通底していることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年段階で予定していた研究計画である、①清水幾太郎の世論観の研究、②戸田貞三の社会学の研究、この2つのそれぞれについて一定の成果を挙げることができた。また、それぞれの研究対照・領域の間に研究開始以前に想定していた問題意識や関心の有機的関連性を捉えることができた。さらに、手法としての応用可能性を探りつつあったテクストマイニングについても、時代毎の用語の分布という観点から一定の意義を見出すことができた。以上の点より、研究計画はあらかじめ想定していた通り順調に推移していると評価することができる。
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今後の研究の推進方策 |
第1に、清水幾太郎と戸田貞三という二人の社会学者が共有していた思想史的・社会学史的なコンテクストの解明が挙げられる。現在の想定では、第1次世界大戦終了以後の日本で中等教育を中心に導入された、公民科教育の設置運動と社会学との関係が重要である。公民教育は日本におけるデモクラシーの普及と市民生活との乖離の克服を図ることをめざす思想的な動向であり、戸田貞三など主要な社会学者が学問を通じて基礎づけを与えようとしたという点でも重要であるとともに、清水に代表される1930年代にキャリアをスタートさせた社会学者の批判対象となったという点でも、見落とせない文脈であると考えられる。今後は、公民教育論という歴史的動向がいかなる思想的な布置の下におかれていたのかを、戸田や清水のみならず、それ以前の社会学者の教育論や、同時代の教育実務家・倫理学者・政治学者の議論との比較も通じて、より広範に検討することが必要であると考えられる。 第2に、海外の研究動向との比較研究も重要である。とりわけ1年目の研究を通じて、戸田と清水の念頭においていた社会学や社会制度の背後に、同時期のアメリカの存在感が見逃せないものであることが明らかになった。例えばそのことは戸田・清水が共通して理論的な考察対象として扱っている家族の問題にも現れており、2人は共通してアメリカの家族研究を重要な参照項として自らの社会集団論を展開している。また、先述の第1の課題で述べた公民教育論についても、戸田はアメリカの公民科(civics)と社会学との親近性に強い影響を受けていたことはこれまでも度々指摘がある。こうした論点を単なる個々のエピソードとして捉えるのではなく、同時代において1925年の男子普通選挙の導入を目前とし、様々なバリエーションを伴って展開された公民論の受容の一つの思想的文脈として真剣な検討を与える必要があると考えられる。
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