本年度は、主に3つの領域の研究に取り組んだ。 第1に、1930年代前半期の清水幾太郎の思想に関する研究である。昨年度の研究では、清水の世論研究の関心が、個人の内部に生じている社会的矛盾の隠蔽や抑圧といった事態にあったことを明かにした。これを受けて、今年度はそうした関心それ自体がいかにして清水に芽生えてきたのかを検討するため、彼がもっぱら社会学に対するイデオロギー的批判に取り組んでいたとされる1930年代前半の思想史的著作や時論を総合的に読解した。その結果、すでに1933年後半期に発表した著作のうちに、社会をより高次の段階に進化させようとする運動と、文化を通じてそれに歯止めをかける運動という、2つの異なる歴史のダイナミズムの相剋を市民社会における個人という単位のうちに見出そうとする関心が芽生えていることが明らかになった。 第2に、清水および彼の師である戸田貞三を取り巻く社会史的なコンテクストの研究に取り組んだ。とりわけ重要視したのが、戸田貞三の社会学・家族研究の背景をなす、太平洋戦前期における社会学と教育政策との関係である。具体的には、東京帝国大学の社会学が、明治後半期以来道徳教育政策と密接な関係を結んできたこと、またデモクラシーの社会的浸透が進んだ大正期には、その関係が社会学と公民教育との接近へと展開したことを明かにした。また同時に、こうした社会学と教育政策との接近こそ、上述した1930年代前半の清水の社会学批判の重要な対象であったことを明らかにした。 第3に、清水の著作を対象とするテキストマイニングである。今年度は、一般に清水の1930年代後半におけるアメリカ社会心理学の受容と結び付けて語られる諸概念が、実際にはどの時期から用いられているのかを、語の用例に着目して検討した。その結果、幾つかの心理学的概念が、すでに1930年代初頭から持続的に用いられていることが明らかになった。
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