本研究では、組織修復を遠隔的に制御する液性因子とその分子メカニズムの解明を目指した。 組織再生の分子メカニズムの解明は生物学や医学における重要な課題の一つであり、様々な分子機構が明らかになってきた。しかしながら、これまで行われてきた再生研究は傷害部位における組織自律的な分子メカニズムの解析が中心であり、組織非自律的な恒常性維持機構という観点から再生を捉える研究は少なかった。 この課題に取り組むため前年度までの研究において、ショウジョウバエの遺伝学と温度感受性ジフテリア毒素を組み合わせることで、一過的な組織傷害と非傷害組織における遺伝学的解析を並行して行える組織傷害の系を構築した。さらに成虫原基の修復初期における体液組成のメタボローム解析により、修復時の体内環境の変動を網羅的に調べた。その結果様々な代謝産物の変化が見られたが、必須アミノ酸の一種であるトリプトファンの代謝に顕著な変化が見られたため、トリプトファン代謝に焦点を当てた。トリプトファンの多くは脂肪体でキヌレニンに代謝されていることから脂肪組織特異的に代謝酵素を抑制したところ、成虫原基の組織修復が阻害されることを発見した。 当該年度はこの結果を元に、キヌレニン代謝の下流にあるキヌレン酸が特に体液中で変化していることを見出した。さらに、脂肪体におけるキヌレン酸産生の抑制が修復阻害を引き起こすことを示した。加えて修復中の成虫原基における組織染色により、修復中の組織の変化をより詳細に分析した。その結果、死細胞の排除異常や細胞骨格の再編成に顕著な変化が観察された。今後、受容体を中心としたキヌレン酸のターゲット探索により、組織間相互作用が再生・組織修復に与える新規のメカニズムの解明に向けてさらに深く研究が進むことが期待される。
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