現在の生物の地理的分布は,現在の環境条件だけでなく,過去の環境や地史の影響(歴史的要因)も強く受けている。本研究の目的は,日本列島周辺の照葉樹林の中でも比較的低地部の温暖な地域に生育するシイ林を構成する優占樹種とそれに密接にかかわって生活している昆虫等について遺伝子解析を行い,それらの種群間で遺伝構造や遺伝的多様性を比較・統合することによって,シイ林生態系の歴史的成立過程を解明する計画である。今年度は,日本に分布するシイ類(スダジイ,コジイ,オキナワジイ)に加えて台湾に分布するタカサゴジイも解析に加えた。まず,シイの葉緑体DNAの塩基配列多型を30領域についてスクリーニングし,比較的多くの変異が検出された4領域(約3500bp)について解析を行った。その結果,沖縄・八重山地域と台湾について九州以北地域との間に分化がみられたが,九州以北地域内ではほとんど多型が検出されなかった。そこで,さらに葉緑体のSSRマーカー24対について多型を探索し,比較的多くの多型が得られた6対について,遺伝的変異の地理的パターンを解析した。その結果,九州以北地域内で東集団(近畿・四国~関東)と西集団(近畿・中国~九州)間での遺伝的分化がみられた。これは,これまでに核DNAのESTに由来するSSRマーカーを用いて解析した結果とほぼ一致する結果である。シイ類の葉緑体DNAおよび核DNAにおいて,東西間に遺伝的分化が共通してみられたことから,ある程度長期にわたって東西の集団間の遺伝子交流がさまたげられていたことが示唆される。
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