研究課題
中枢神経系の損傷部に形成される瘢痕組織ではセマフォリン3Aが発現し軸索伸展を阻害することが知られている。霊長類の中で最も小型で飼育及び繁殖 が容易であるマーモセットを用いて脊髄損傷モデルを作製し、薬剤治療による治療効果の検証を目的とした。この目的遂行には3つの方式を確立する必要があった。①健常マーモセットにおける皮質脊髄路の同定、②マーモセット脊髄半切モデル作製技術の確立、③運動機能評価方法の確立である。一次運動野の活動低下を補う脊髄路内の回路変性がどのレベルで起こるのかを解明する事は、薬理効果を最大限に引き出すヒントになるであろう。一方で、運動機能は薬剤介入によって良い効果がみられなかった。臨床現場で一番求められる機能改善が見られなかった事は、大きな問題である。申請者は過去にマカクザル脊損モデルを用いて脊損後早期にリハビリテーションを行う群と、1ヶ月後にリハビリテーションを開始した群とで運動機能の改善を調べた。これによりリハビリテーションの重要性を確信し、機能的シナプス形成を目指す治療法の開発が必要と考えた。そこで薬剤により伸長した軸索が正しく標的に接続し、機能的なシナプスの形成を行うためには、リハビリテーション療法との併用が必要と考えた。今年度は①マーモセット皮質脊髄路の同定を論文化し②③モデル作製及び運動機能評価を確立した。軸索伸展阻害セマフォリン3Aの阻害剤が電気生理的には損傷側の脊髄下部において上位中枢からの信号を伝える新生ニューロンを誘導した事が示唆された。頸随完全半切後に認めた損傷対側脳と損傷側上肢の電気的再接続は、損傷部吻側の皮質脊髄路および網様体脊髄路の可塑性によるものと考えられた。また来年度から開始予定の世界初霊長類リハビリテーション法の開発を行った。
2: おおむね順調に進展している
セマフォリン3A阻害剤単独投与群のモデル作製は計画通りに進んだ。しかし脊髄における組織学的検討があまり進んでいない。新生神経であることを組織学的に同定する様々な免疫染色を行ったがマーモセット組織に使用できる抗体が少なく条件検討に時間を有した。順行性神経トレーサー注入実験は全薬剤投与群に行い、解析を進めている。これまで多くの時間と労力を要していた軸索及び神経終末部(button)の定量解析であるが、ステレオロジー理論の妥当性を実際に確認し新たな解析法として導入した。この理論を用いて薬剤治療群の定量解析を始めているが、膨大なデータ量につき完了には至っていない。筋活動を正確にデータ化するための筋肉への微小電極埋め込み法がほぼ完成した。これにより自由行動下における脊髄損傷マーモセットの運動機能の評価が長期間安定的にモニター出来るようになった。皮膚の薄いマーモセットに人工物である金属電極の埋め込み手術は、化膿による皮膚欠損等術後のケアに時間を有したのは想定外であった。当初計画にはなかったが、脊髄半切モデルで得られたデータや解析方法を利用して、より臨床に即したモデルでの治療開発を目指すために、脊髄圧挫モデルの作製を検討した。圧挫の程度(重症度)により動物が死亡するため、モデル作製に時間を取られ確立半ばで翌年度に引き続き検討を行う事とした。リハビリテーションデバイス開発は、マーモセット用ジャケットのデザインがほぼ完成し、下肢用のトレッドミル上での歩行評価が安定的に行えるようになった。
前年度計画分の薬剤単独投与群における脊髄の定量解析を進める。また新生軸索がどのような性質を持った神経に由来するのかを、組織学的に解析する。リハビリテーション負荷群では、実験者によるストレッチ及び餌取り訓練を開始する。リハビリ負荷群用の上肢用デバイスの開発に着手する。母指との対立把持運動を行わないマーモセットでの手指の巧緻運動が、再現性高く評価できるようなものの開発を目指す。既に開発済の下肢用リハビリトレッドミルを用いて、運動機能の回復がどの時点で起きているのかを筋電図の変化からとらえつつ、運動中の脳活動を記録する。無治療の自然回復群で得られた一次運動野の活動低下を補う脊髄路内の回路変性が、薬剤治療群及び併用治療群で、どのように異なるのか実験殺時における電気生理実験で確認する。また一次運動野のmotor mapの変化は、微小電極を用いて刺激し筋活動を誘発する実験で明らかとする。
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Neuroscience research
巻: 98 ページ: 35-44
10.1016/j.neures