本研究課題では,室内の設備や残響の状況に依存することなく音響伝達特性をコントロールする手法を構築し,どんな残響を有する部屋であっても,誰もが等しく音場制御技術を享受できるための基盤技術の確立を目指している.第2年度までに,室内音響伝達特性の同時的測定におけるアルゴリズムの高速化,NBSFC型音場制御における狭領域音場制御,波面合成法に基づく焦点音源の形成などにより,音場制御を実環境下で実現するための実践的提案と評価が行われた. 最終年度においては,室内における音響系の微小な変動が音場制御にどのような影響が与えられるのか,実環境データに基づいた検討を行った.ここでは,受音点が当初の位置よりも数センチずれた場合について,その位相補正を行うことで変動の影響を吸収するとともに,実質的な制御精度がどの程度変わるのかを残響時間約0.5秒の室内において逆フィルタ型音場制御に基づいて調査した.その結果,制御点がスピーカアレイから見てどのように移動(手前方向,奥行き方向,横方向など)するかによって制御精度の改善量が変化することがわかった. 次に,不要な音をなるべくマスキングするという発想のもと,逆フィルタ型音場制御において各ユーザに異なる音を再生しつつ,逆フィルタ処理と波面合成処理とを統合することによって特定のユーザのみに方向情報を付与した音を再生する手法を構築した.実環境データを用いた簡易主観評価実験の結果,提案手法を用いることで特定ユーザ以外への音の漏れを相当に抑圧することができた.また,方向定位精度については,提案手法での全体の正解率は約60%であるが,ユーザの側方以外の定位感は概ね良好であった.
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