本研究は,音源の位置や室の響きなどの音空間情報を含めて集音(収音)するシステムと,それらの情報を聴取者に高い臨場感を伴って提示する再生システムの構築を目標としている.再生システムについては,頭部伝達関数によって両耳信号を合成することで多数の仮想音源を提示する聴覚ディスプレイを用いることを想定している.そのための収音システムを構築することが本研究の大きな目的である. 本研究の収音システムでは,音の到来方向情報を取得するため,複数のマイクロホンを並べたマイクロホンアレイを用いてビームフォーミング処理を行い特定方向の音を取得する.ビームを全方向網羅的に設置することで,音空間全体を方向ごとにサンプリングする.これまでの検討で,ビームの指向性に周波数依存性があることを考慮し,可聴域を7帯域に分割し,各帯域に適したマイクロホン間隔のアレイを用いることとした.さらに,分割した帯域の境界において周波数特性の歪みが生じたため,それを補正する重み係数を算出し,その有効性を客観的,主観的に示した.30年度は,低域に対応するマイクロホンアレイが現在のシステム構成では巨大なサイズ(約16 m)となることから,小型化が可能かについて検討した. 一般的に,頭部伝達関数の低域の周波数特性は音源方向によってほとんど変化せず,音空間知覚の手がかりが少ないことが知られている.そこで,低域のビームフォーミング処理を省略するように収音システムを変更した.処理を省略する帯域を低域側からどこまで高域に広げられるかを主観評価実験によって検証した.結果から,方向定位に関しては1.2 kHzまで,音色も含めた総合的な評価に関しては0.6 kHzまでは影響が小さいことが示された.これらの結果から,定位のみであれば約2 m,音色も考慮する場合は約4 mのアレイを用いれば良く,現実的な大きさでシステムが実現できることがわかった.
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