心臓ペースメーカ細胞(洞房結節細胞)に異常が生じた場合の治療法として,人工的なペースメーカ(電子機器)を埋め込むのではなく,(洞房結節細胞以外の)心筋細胞に遺伝子工学的操作を施すことによりペースメーカ機能を生じさせ,それを用いて心臓を治療する「生物学的ペースメーカ工学」の研究が行われている.本研究では,これらに資することを目的として,心筋細胞の数理モデルを用いたシステム論的研究により,心室筋細胞などの非ペースメーカ細胞にどのように遺伝子操作を施せば,ペースメーカ機能が生じるかの詳細を明らかにすることを目指している. 平成27-29年度においては,まず,ヒト心室筋細胞の数理モデルを用いて,内向き整流カリウム電流等を変化させることでペースメーカ活動が発生することを確認した.心室筋細胞から創り出されたペースメーカ活動を定量的に解析し,心臓ペースメーカとしての妥当性を検討した.中心細胞と周辺細胞という洞房結節細胞の異種性やギャップ結合が及ぼすペースメーカ活動への影響を調べた.次に,ペースメーカ細胞の双安定性に焦点を当て,すべてのイオン電流コンダクタンスに対して2パラメタ分岐解析を行うことで高次元パラメタ空間における双安定領域及び振動解のみが単安定となる(ペースメーカ細胞として適切な)領域を解明した.その後,ヒト心房筋細胞のCRNモデルを用いて,種々のイオン濃度変数に着目し解析を行った.これらの変数は,周期刺激下では,変数が定常状態に達しない問題が発生するが,濃度変数を記述する微分方程式に外部刺激電流の影響を考慮することで,この問題を回避した. 平成30年度においては,引き続き濃度変数に関わる問題を詳細に検討した.特に,いくつかの濃度変数をパラメタとして固定することで分岐解析を可能にし,それにより濃度変数値が活動電位波形や振動現象(ペースメーカ活動)に及ぼす影響を詳細に明らかにした.
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