研究課題/領域番号 |
15K00394
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
中尾 光之 東北大学, 情報科学研究科, 教授 (20172265)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ガン時間治療 / 細胞死 / DNA修復 / 確率オートマトン |
研究実績の概要 |
現在、概日生物時計に従わずに生活・就労する機会が一般化している。それが様々な病弊の誘因となっている。ガン罹患率も例外ではなく、それが交代勤務者で高まっていることが報告されている。また、実験レベルではこれを裏付けるように、生物時計機構を障害した動物でガンの発生率や進行が有意に高まることが報告されている。これを担う分子的なメカニズムとして生物時計機構から細胞周期への作用が明らかにされつつあり、ガンの時間療法に一定の合理性を与えている。本研究では、周期外力による同期、DNA 損傷による修復や細胞死、チェックポイント・メカニズムなど、力学的なダイナミクスから論理的なルールまでを許容するハイブリッドな枠組みとして確率オートマトンにより細胞周期をモデル化する。概日リズムに依存したガン化やガン進行のメカニズムを明らかにし、それに基づいて時間治療の効果を評価する枠組みを提案することが本研究の目的である。平成27 年度は、確率オートマトンにより正常細胞の細胞周期をモデル化し、細胞集団の増殖ダイナミクスを調べた。その内容は以下の通り。(1)細胞周期の状態遷移を確率オートマトンで表現した。これには概日リズムから細胞周期へ進行制御を導入した。(2)一定確率でDNA 損傷を生起させ、確率的に細胞死とDNA 修復に振り分けた。DNA 修復の場合、細胞周期を一定期間停止し、その後、復帰させた。これと同時に概日時計機構に位相反応を生起させた。位相反応はp53とPer2の競合的転写制御の結果生じていることをモデル論的に明らかにした。さらに、DNA 修復と細胞死の確率的選択の概日リズム依存性を導入した。(3)このようにして構築されたモデル細胞集団が概日リズムと同期して増殖することを示した。(4)さらに、正常細胞からの細胞周期の伸長・短縮としてガン細胞をモデル化し、その増殖ダイナミクスを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度は、確率オートマトンにより正常細胞の細胞周期をモデル化し、細胞集団の増殖ダイナミクスを調べた。掲げた研究計画どおり、(1)細胞周期のG1-S-G2-Mの4ステージの状態遷移の確率オートマトン表現、(2)c-mycとWEE1を介した概日リズムから細胞周期へ進行制御の導入、(3)DNA損傷に対応したDNA修復を細胞死およびその概日調節機構の導入、(4)10000個程度のモデル細胞集団を用いた増殖シミュレーション、(5)正常細胞の細胞周期を伸長・短縮したガン細胞の増殖ダイナミクスと概日リズムの相互作用のシミュレーション、などを実施することができた。その結果、(i)DNA修復時の細胞内時計機構の位相反応がp53とPer2の競合的転写制御によって引き起こされていることをモデル論的に明らかにし、それをDNA修復メカニズムとして細胞周期モデルに組み込んだ。(ii)正常細胞増殖時の細胞周期ステージの滞在分布および概日リズムとの同期性を明らかにした。また、その細胞死確率、増殖制御ゲインなどのモデルパラメータ依存性を明らかした。(iii)細胞周期を伸長・短縮したガン細胞の増殖において、概日リズムとの複雑な同期パターンが生じ、正常細胞とは大きく異なる増殖ダイナミクスが現れることが分かった。 以上より、正常細胞とガン細胞の増殖の概日リズムとの同期特性の違いを利用して、抗ガン剤の正常細胞への副作用を最小化し、ガン細胞への薬理効果を最大化する時間治療の手掛かりが得られた。さらに両細胞の代謝をめぐる競合関係を再現するためには、それらを3D空間に配置してシミュレーションを行う必要があり、現在、環境を準備中である。 以上より、研究計画はおおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
ガン化およびガン細胞をモデル化し、正常細胞との混合集団の増殖ダイナミクスを調べる。(1)ガン化を、チェックポイントの“すり抜け”や“適合”としてモデル化する。具体的には、細胞死に運命づけられた細胞がチェックポイントを越えて生存する確率(すり抜け)、および、DNA 修復中で細胞周期を停止している細胞が修復を待たずに周期を再開する確率(適合)、をそれぞれ導入する。それが繰り返されることでガン化すると考える。ガン化した細胞は、G1 期を伸縮させ、増殖制御から逸脱させる。(2)ガン化のメカニズムを導入した細胞集団において概日位相依存性に変化する細胞周期各ステージの滞在分布を求めると共に、その細胞死確率、増殖制御ゲインなどのモデルパラメータ依存性を明らかにする。この増殖シミュレーションでは、3D空間において有限な栄養を正常細胞とガン細胞が奪い合う競合関係を再現する。(3)(2)の増殖ダイナミクスにおいて細胞周期ステージ依存性に作用する抗ガン剤の効果(当該ステージにある細胞の死亡率を高める)をシミュレーションし、正常細胞とガン細胞の生存確率を比較することで概日リズム位相依存性に変化する時間治療の効果を定量化する。(4)確率オートマトンモデルで得られた概日リズムと細胞周期の相互作用を細胞周期と概日時計機構の詳細モデルを結合した系で再現することで分子レベルのメカニズムとして理解する。 以上により、概日リズムに依存したガン化やガン進行のメカニズムを明らかにし、それに基づいて時間治療戦略策定の枠組みを提案する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 生物時計影響下の細胞周期のモデル化は完了したが、支援を頼んで3D空間の大規模シミュレーションを頻回に行う地点までは至らなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
(使用計画) 正常細胞とガン細胞を3D空間に配置し、代謝の競合関係を再現した大規模シミュレーションを行って細胞増殖ダイナミクスを系統的に明らかにする。
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