研究課題/領域番号 |
15K00397
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
大田 佳宏 東京大学, 大学院数理科学研究科, 特任教授 (80436592)
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研究分担者 |
井原 茂男 東京大学, 先端科学技術研究センター, 特任教授 (30345136)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 転写 / 超離散系 / シミュレーション |
研究実績の概要 |
遺伝子の転写とは、DNA配列を鋳型にRNAPIIという酵素によって遺伝子が読まれ、RNAが合成される現象を指す。このRNA配列からアミノ酸やタンパク質が作られるため、遺伝子の転写機構は「生命の基本原理」と考えられており、そのメカニズムの解明が非常に重要視されている。一方で、転写の生成物であるRNAは時間変異性が高く、微小不均一性を持つため、細胞を用いた実験において高時間分解能(例えば数分間隔)の現象観察を行うことは難しいのが現状である。そこで、観察不可能な領域における高分解能の検証を可能とし、さらに構築した転写モデルの再現性を保証するため、位相幾何学や超離散系シミュレーションなどの数理科学的手法が必須となってくる。 昨年度までに開発した新規の転写数理モデルをベースに独自プログラムを構築することで、大規模計算機による遺伝子転写の計算機シミュレーションを行った。提案者らは、ヒトの長さ100kbp以上の一部の遺伝子について、転写運動の数理モデリングと計算機シミュレーションに成功している。その一例として、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)をTNF刺激した際のSAMD4A遺伝子における転写過程の細胞実験データと、我々の転写数理モデルによる計算機シミュレーション結果も出力した。ここでは上段が細胞実験結果で、下段が計算機シミュレーションによる結果になるが、我々の転写数理モデルが、実際の転写過程の細胞実験データをよく再現できていることがわかる。本研究では、より精度の高い数理モデル化を進めることで、遺伝子や疾患細胞特有の転写運動についてもシミュレーションを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記のように、現実の細胞実験データを再現する数理モデルが構築できたとき、この数理モデルによる計算機シミュレーションの大きな利点としては、細胞実験では不可能な条件における転写現象の予測が可能となることがあげられる。例えば、DNA上に仮想の結合タンパク質を結合させ、転写速度変化率γを変化させた場合のRNAPIIの転写運動の挙動など、計算機シミュレーションによって転写運動がどのように変化するか予測を行うことも可能となる。本研究ではこのような予測シミュレーションをさらに進めて、様々な疾患細胞の遺伝子発現のみならず、より深く転写機構の変化にまで迫った疾患の根本的な原因究明ができる可能性があり、これらの点からおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの大規模配列解析などの細胞実験では約100万個の細胞集団の挙動を扱うため、ガウス分布やポアソン分布を仮定してモデル化を行ってきたが、実際には細胞は一つずつ遺伝子の修飾情報などが違っており、全く同じ遺伝情報を持つ細胞は存在せず、発現する機能も違っているはずである。そこで、このような分布として平均化されてしまうモデル化から、シングルセル解析へと技術を進めることで新たな発見ができる可能性がある。そこで本研究では、今後、シングルセル解析の実験結果も詳細に解析し、分化能や発現量の高い細胞特有の転写機構についても、その数理モデル化と計算機シミュレーションを行う予定である。
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