研究実績の概要 |
糖は親水性のヒドロキシ基を多くもつため,生体内の水分子の影響を強く受ける.本研究では,糖鎖を認識する抗体において生体分子結晶内の水分子まで含めたモデルを構築した.今年度はその水分子の効果を適切に考慮するシミュレーション方法とその適用例に関する結果を国際学会(Theory and Applications of Computational Chemistry (TACC-2016))で発表した.また,この結果を投稿論文として学術雑誌に発表し,掲載号の表紙に選ばれた(J. Comp. Chem., 37(26) 2431, 2016). さらに本研究の手法を,ヒト免疫不全ウィルス(HIV-1)の表面に存在するgp120 及びgp41から成る糖タンパク質(gp140)に,その中和抗体(PGT128)が複数の糖鎖を介して結合する巨大な生体分子に適用した.この複合体の結晶構造(PDBID: 5C7K)に対して,今年度予算で購入した並列計算機を使用し,電子相関を考慮した大規模量子化学計算を行い解析した.PGT128抗体のgp120への結合に,複数の糖鎖リガンドやgp41がどのように影響を与えるかを半定量的に見積もり,解析結果を日本化学会第97春季年会で報告した. また,HIV-1の中和抗体であるPGT抗体は数種類あり,それぞれ糖鎖リガンドへの結合の強さが異なることが実験的に報告されている. PGT128の他にPGT127,PGT124, PGT121の四種類の抗体と糖鎖が結合する複合体の結晶構造における糖鎖―抗体間の相互作用エネルギーを大規模量子化学計算により求め,実験結果と比較解析した.この結果を日本化学会第97春季年会で報告した.
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今後の研究の推進方策 |
今年度は前年度に引き続き,HIV-1表面糖タンパク質に結合する抗体複合体全体への展開を続行する.また,糖鎖リガンドに修飾を加えた時の抗体の結合能の変化に関する研究も併せて行う予定である. 昨年度の研究結果から,HIV-1 表面糖タンパク質への中和抗体の結合において,糖鎖-糖鎖間の相互作用の重要性が示唆された.HIV-1表面糖タンパク質の糖結合部位を完全に糖鎖化した結晶構造が報告されており(Jardine et al., PLOS Pathog. 12(8):e1005815,2016),この結晶構造の情報を利用し,本研究で行ってきたシミュレーション方法により解析を行い,抗体の糖タンパク質認識における糖鎖の役割について解明していく. 上記研究と並行して,糖鎖リガンドに修飾を与えた時の相互作用の変化についての研究も行う.本研究で対象にしているPGT抗体は,糖鎖末端がマンノースだけのハイマンノース型糖鎖に結合すると考えられていた.ところが,糖鎖の先端をガラクトースや負電荷をもつシアル酸などの糖で修飾した場合,抗体の結合能が強くなることがある,という実験結果が報告がされた(Stewart-Jones et al., Cell 165, 813, 2016).HIV-1表面糖タンパク質にハイマンノース型糖鎖及び修飾型糖鎖のそれぞれを介して結合する抗体の結晶構造も報告されており(Gristick et al., Nat. Struct. Mol. Biol.,23, 906,2016),これらの結晶構造をもとに糖鎖修飾の抗体結合への影響を大規模量子化学計算によって見積もり,より強固に結合する抗体開発への基礎的な情報提供をする. 結果は,国内外の学会(WATOC 2017,日本糖質学会年会,日本化学会年会)で発表し,学術雑誌に論文を投稿する.
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