NBS1タンパク質は、電離放射線によるDNA二重鎖切断発生後に素早くDNA損傷部位に集積する(この現象をNBS1フォーカス形成と呼ぶ)。このフォーカス形成はタンパク質リン酸化酵素ATMキナーゼの活性に依存しており、ATM阻害剤処理によりフォーカス形成は完全に見られなくなる。昨年度までに我々が作製したNBS1ノックイン細胞では、放射線によるNBS1フォーカス形成は正常に観察された。この結果は、ATMキナーゼがこの細胞で機能していることを示唆している。NBS1は、放射線照射に応答してATMを活性化させる働きを持っているが、このノックイン細胞ではNBS1によるATM活性化機構に異常はないものと思われる。活性化されたATMは細胞内で様々なタンパク質をリン酸化する。これらのリン酸化はDNA修復にも必要であると考えられている。ATMの基質の一つであるChk2タンパク質のリン酸化について調べたところ、NBS1ノックイン細胞では放射線によるChk2のリン酸化が低下していた。この結果はATMによる基質のリン酸化過程に異常があることを示唆している。ATMが活性化した後に基質をリン酸化するまでの間に、NBS1が何らかの形で重要な役割を果たしている可能性が考えられる。 ATMの活性化とATMによる基質のリン酸化はしばしば同じ意味で扱われるが、本研究課題の解析結果を足がかりに、活性化過程と基質のリン酸化過程、また基質ごとのリン酸化の有無を丁寧に細かく分析していくことで、これまでに見落とされていたDNA修復の分子メカニズムについての新たな発見がもたらされると期待される。
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