Cs-137密封線源を用いた持続的γ線照射により、福島県における避難指示解除準備区域の基準値である線量率20 mSv/年および年あたりの線量が低線量として定義される総線量200 mSvとなる線量率200 mSv/年の培養環境を作成し、神経細胞の分化モデルとして用いられる神経成長因子誘導のPC12細胞の神経軸索伸長過程に及ぼす影響について検討した。その結果、20 mSv/年の照射により軸索伸長がわずかに促進されることを見出した。このときの細胞内情報伝達系の活性化状況を確認したところ、軸索伸長に対して促進的に働くErk-MAPK 経路の活性化は変化していなかったが、生存維持に対して促進的に働くPI3K-Akt経路の活性化は照射によって低下していた。一方、200mSv/年の照射影響を調べたところ、軸索伸長の明らかな抑制が観察された。このときのErk-MAPK経路およびPI3K-Akt経路の活性化状況の変化は認められなかった。しかしながら、その下流にある軸索伸長に直接関連するRac-1の活性は、照射によって抑制されていた。一方、20mSv/年の照射環境はRac-1活性に影響していなかった。以上のことから、低線量照射は線量率によりPI3K-Akt経路およびRac-1活性に及ぼす影響のバランスが異なるため、それが結果的に神経軸索伸長に対する異なる効果として現れていたものと示唆される。さらに最終年度では、細胞増殖に対する上記2種類の照射影響を調査した。その結果、200mSv/年の照射環境におけるErk-MAPK 経路の活性化および細胞増殖のわずかな促進が観察された。以上、本研究は、低線量の持続的γ線照射が、線量率の違いにより神経系細胞の分化と増殖の誘導の切り替えを引き起こすことを明らかにした。本知見は、慢性照射環境が胎児に及ぼす影響の検証において有益な情報を提供するものである。
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