2018年度は、昨年度に引き続き美術工芸文化財の洗浄に関する先行研究の分析、資料収集、試料作成および実験を行った。特に洗浄技法の研究では、超音波機材を用いた染織文化財の洗浄手法について重点的な実験を行い、その超音波機材の有用性を確認した。さらに、2017年度に実施した欧州(イギリス、アイルランド、ベルギー、フランス)の染織文化財の保存修復を専門に実施している公的機関における洗浄手法の調査結果を整理分析し、それぞれの差異について考察した。その他の事例についても分析を行い、洗浄手法による特性把握に努めた。従来、美術工芸文化財の洗浄では、担当修復家の経験的判断から洗浄剤や洗浄技法が選択されることが多かったが、それは仕上がりの個体差を生み出す原因ともなっており、現場における技術上のミスを誘発することにもつながっている。近年では溶剤型の液体洗浄剤、粉末洗浄剤や錠剤等の固形洗浄剤のみならず、洗浄剤を浸透させたGelを用いた洗浄方法等新しい洗浄手法など、洗浄方法や洗浄剤にも多様化がみられる。以上のことから、担当修復家の個性や経験に左右されない容易でより安全な洗浄方法を開発するために、多様な洗浄剤から適正な洗浄剤を選択し、効果的な洗浄処置方法を採用できるように、多分野にわたる先行研究や修復事例を整理し、精査分析を行い、美術工芸文化財の保存修復処置の洗浄の示準となる基礎的洗浄マニュアルの編纂を試みた。さらに、美術工芸文化財の保存修復における洗浄計画の立案方法、洗浄選択の指標、取り扱い上での禁忌肢等を確認し、二次的損傷の予防措置に必要な基礎的データを提示するとともに、予備試験、計画に沿った洗浄剤、洗浄方法、洗浄機材の選択について基礎的指針を示した。これにより美術工芸文化財の洗浄によって起こり得る技術的な問題や手法選択により引き起こる問題、薬剤による問題などを未然に防ぐことができた。
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