研究課題/領域番号 |
15K01141
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所 |
研究代表者 |
佐野 千絵 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, その他部局等, その他 (40215885)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 津波被災資料 / 臭気 / カルボン酸 / ガスクロマトグラフ質量分析 / 同定 / ATP+AMP測定 |
研究実績の概要 |
東北地方太平洋沖地震によって引き起こされた津波により、多数の紙資料が海水損した。レスキュー初期から被災紙資料にはカビ臭以外の独特の臭気があり、作業の妨げになっていた。この臭気が作業者の健康に影響があるのか、また対処法の検討に必要な化学物質としての同定作業がこれまでおこなわれておらず、臭気物質の同定と対処法について検討した。 岩手県立博物館において、レスキュー後に乾燥させただけの資料、泥等の汚れ落としで処置を止めた資料、応急処置後、安定化処置など、各段階で保管されている津波被災資料群について、資料を包んでいた不織紙に、着色、臭気のあるものを数点選び、薄葉紙を取り換えて不織紙ごと採取した。着色は大別して黒、黄~橙色で、いずれも不快臭がし、書籍であれば天地、小口部分の直上に生じており、紙資料から揮発性物質が発生してできた汚れと推定された。 不織紙サンプルをテドラーバッグ3Lに封入し、窒素ガスで満たして室温で1日静置した後、捕集管Tenax-TAを接続し、ポンプで0.2mL/分で5分間吸引し、計1Lの臭気ガスを3回捕集した。この脱気作業を2回繰り返した。その後、不織紙サンプルを室温でテドラーバッグ内にて保管し、約1年後に再試験した。捕集管を熱脱離-ガスクロマトグラフ質量分析を行い、不織紙からの揮発性物質を分析した。カルボン酸の標準試料を用いた。 採取直後の不織紙からは酢酸、プロピオン酸、酪酸が多量に検出されたが、1年後には、検出されるガス種類・量ともに減少した。この分析方法では硫黄系化学物質が検出できないこともあり、健康上問題になるガスは検出されなかった。多数の臭気物質が検出されたが、繰り返しの脱気で減衰すること、親水性物質であることから、対処として作業者は作業着・活性炭マスクを装着、作業場所は頻繁に換気が必要とわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は予定通り、岩手県立博物館において、津波被災文書資料の臭気を吸着した薄葉紙等資材の収集を行い、薄葉紙資料からのアウトガスの分析・同定を実施した。想定以上に臭気が低減しており、臭気物質としてカルボン酸の検出はできたが、硫黄系物質の同定には至らなかった。作業者の作業環境の向上のため、換気やマスク装着などの対策を提唱した。今後、再現実験が必要と思われ、研究計画の変更が必要と考えている。におい発生資料の処置条件についての情報が得られた。悪臭物質の発生割合については、被災した物量が多く、割合として示すのは難しいと思われた。 あわせて予定を早めて、2年次に予定していた安定化処置後の資料からのアウトガスのおおおよその量について、岩手県立博物館において実施したが、すでに被災から5年目となり、保存処置が進んでいたため、収納箱単位での差異は得られなかったので、研究計画の変更が必要となった。 薄葉紙資料の吸着物質の分析・同定は、サンプル数に限界があり、数点行ったものの、脂肪、等、タンパク質などの成分分析には至っていない。今後は再現実験などで作成した試料と実際の資料が対応するのか評価し、作成試料を元に研究を展開できるか判断していく。 薄葉紙資料の吸着物質の除去方法の検討は、いくつかの溶剤・洗剤についての高濃度でのイニシャルテストを行った。これらの結果を元に2年次に除去試験を定量的に進める予定である。
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今後の研究の推進方策 |
被災資料の吸着物質の除去方法の検討については、処置が有効であるかどのように評価するか、判断手法を検討し、1年目に選定した溶剤・洗剤の濃度を定めて、定量的に試験を進める。 被災資料からの臭気が揮発し、分析に供することができる試料収集が課題である。そのため、薄葉紙資料の吸着物質の分析・同定について、2年次には再現実験試料を作成し、被災試料との比較検討を行い、今後の研究に再現試料を用いることができるか判断する。 応急処置で取り除いた泥や汚れを被災資料からサンプリングし、ATP測定や培養、脂肪・糖・タンパク質などの分析を進める。また、処置の段階ごとに清浄度が上がっているのか判断し、自然漁港、整備された港で、被災した場合の汚れ方に相違があるのか検討する。 日本文化財科学会大会において、これまでの研究成果を公開する。
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