平成28年度までの研究成果から、被災紙資料から発生する臭気は主に酪酸、アンモニアであり、いわゆるヘドロ臭と同じ組成であることから、被災資料を汚損している有機物が嫌気性発酵して生じたことが推定された。そのため、今年度は、脱塩、洗浄を目的とした安定化処置工程において、微生物がどのように関与しているかを中心に、微生物種類、微生物量推移を把握した。 岩手県立博物館の仮設修理施設において、処置後の資料からの脱ガスのサンプリング、各工程中の処置水のサンプリングを実施し、また処置中の溶存酸素量と水温のモニタリングを実施した。また水質等の改善のため、タンパク汚れ除去フィルターの効果、アンモニア除去のためのゼオライトの効果、空気バブリングによる溶存酸素量改善効果について検証した。 被災後1年内に設定した安定化処置工程では、脱塩を促進する目的で水温を高くしていた(約45℃)が、そのため6月の修理施設内水槽では、微生物繁殖に有利な温度帯(30~37℃)が8時間続く状態になっていたことがわかった。その影響か、水中の細菌量は水浸20時間後には2~5桁増加した。中性洗剤での洗浄前後で増殖する細菌群は異なり、洗浄前は一般的に土壌に棲息する細菌が多く、洗浄後には皮膚の常在菌が多い傾向が認められた。洗浄水に含まれる塩化物濃度から、初回の水浸でほとんどの塩が抜けて、短時間・数回の水戦場で塩化物イオンの除去としては十分であることが確認できた。 以上の研究結果から安定化処置工程は、泥汚れが残った資料は別扱いにすると良いこと、一般的には水浸時間は3時間で十分であること、プレ洗浄→洗剤を使用した洗浄→すすぎの3工程で微生物増殖なく脱塩できることがわかり、処置にかかる時間を大幅に短縮できた。また、すみやかな乾燥が臭気発生予防には重要であることが明らかになった。
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