研究課題/領域番号 |
15K01154
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研究機関 | 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館 |
研究代表者 |
横山 佐紀 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館, 学芸課, 主任研究員 (70435741)
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研究期間 (年度) |
2015-10-21 – 2019-03-31
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キーワード | ミュージアム / 被災の記憶 / 子ども博物館 / 観光 |
研究実績の概要 |
本年度は、各館の実態を把握することを目的に、ニューオリンズおよびニューヨークでの現地調査を行った(4月1日~4月9日)。 ニューオリンズでは、ルイジアナこども博物館(Louisiana Children's Museum、LCM)と、ルイジアナ州博物館(Louisiana State Museum、LSM)において、ハリケーン・カトリーナ関連展示の調査と教育担当者へのインタビューを実施した。LCMは、被災当時10歳にも満たなかった子どもたちが当時を振り返る「子どもたちによるオーラルヒストリー」というべきプロジェクトを行い、そのインタビューをまとめた映像を製作している。企画展は、ハリケーン・カトリーナに直接的に言及するのではなく、「あなたにとってニューオリンズはどのような場所か」といった問いを軸に、「その土地」と自分との関わりについて再考を促す内容であった。 一方、LSMの展示は、被災時の状況を直接的に伝える遺物を中心に構成され、当時のニュース映像を暴風音や光の再現と共に見ることのできるコーナーも設けられている。教育担当者によると、LSMはニューオリンズの観光地の中心に位置し来館者の多くが観光客であること、カトリーナ以後、同市の学校が公立からチャーターへと移行したこともあって学校連携が弱まっているとのことであった。ローカルとの結びつきが強い子ども博物館と、観光客が主要な来館者であるミュージアムとの対照性、および後者が抱えるジレンマが明らかになった。 ニューヨークでは911メモリアル&ミュージアムを訪問し、教育担当者へのインタビューを行ったほか、ミュージアムとは別組織であるがきわめて緊密な関係にある911 Tribute Centerによるウォーキングツアーに参加し、当事者による語りが被災の記憶を伝える方法として注目されている状況について、重要な示唆を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度は、文献の渉猟を中心に進めてきたが、2年目となる本年度は現地での調査を行い、被災地のミュージアムが置かれている状況を把握することができた。 既述のとおり、現地調査を通じて、被災の記憶をミュージアムが伝える際、そのミュージアムがローカルといかなる関係にあるのか(LCMのように、ニューオリンズやその近郊に住む親子が家族で繰り返し訪れたり、ローカルな学校がフィールドトリップで訪問したりするミュージアムなのか、あるいはLSMのように観光客が主要な来館者で、地元の人々があまり訪問しないミュージアムなのか)が、きわめて重要な要因となることが明らかとなった。同様の問題はニューヨークの911ミュージアムとも共有されるが、911ミュージアムの場合、ニューオリンズの2館とは比較にならないほど被災の記憶と場が観光化されており、「ニューヨークで訪れるべき場所」としての位置づけは、グッゲンハイム美術館やメトロポリタン美術館をしのぐに至っている。こういった状況は、おそらくは都市の性格の相違(南部の都市/アメリカ第一の大都市)、災害の相違(自然災害/テロによる災害)、被災者の内訳の相違(黒人/外国人を含む多様な人々)などに起因しよう。一方で、「当事者(survivors)による語り」が重視されている点については、共通する部分があるように思われる(LCMの子どもによるオーラルヒストリー、911 Tribute Centerによる、現場に駆けつけた消防士や遺族によるウォーキング・ツアー、911ミュージアムの展示における証言など)。 以上の各問題については、今後より詳細な調査研究が必要であることはいうまでもないが、本年度の調査を通じて、被災から10年を経た現地での各ミュージアムをめぐる状況をより正確に把握することができ、研究は順調に進捗していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の調査を通じで現地のミュージアム担当者とのコンタクトができたので、次年度以降、現地調査にさらに重点を置いて進める予定である。 今回は担当者へのインタビューと展示調査が中心となったが、今後は、関連教育プログラムの調査も視野に入れ、(1)展示、(2)コレクション、(3)教育プログラムの3点に調査項目を整理し、進めていきたい。 (1)については今年度すでに着手しているところであり、(2)、(3)については、次年度以降中心的に行う予定である。なお、「当事者による語り」については(3)に含まれるが、この点についてはワシントンDCのホロコースト・ミュージアムにおける展示との関連性も考えられるため、調査対象とする3館以外に視野を広げて文献渉猟、調査を進めたい。 また、ニューヨークの重要な観光資源となりつつある911ミュージアムが置かれている状況に鑑みると、いわゆる「ダークツーリズム」の文脈からもおそらく検討の必要があろう。次年度以降、上記3項目を中心としながら、関連ミュージアム、関連領域の文献渉猟を進めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度、現地調査をもう1回行う予定であったが、諸事情により実施できなかった。また現地調査に伴って、調査に必要な機材をそろえる計画であったが、こちらも併せて次年度に繰り越して執行するものとする。
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次年度使用額の使用計画 |
ニューオリンズ、およびニューヨークでの現地調査を次年度は実施する予定である。必要に応じて、ワシントンDCのホロコースト・ミュージアムも視野に入れ、現地調査を重点的に行いたい。また、既述のとおり、調査に必要な機材(デジタルカメラ、ICレコーダー、PCおよび周辺機器)なども準備の予定である。
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