昨年度までの調査研究を通じ、アメリカのミュージアムにおける災厄の展示には、ワシントンDCのアメリカ合衆国ホロコースト・ミュージアムに由来するプロトタイプというべきものがあることが推測されるに至った。そこで本年は、ホロコースト関連ミュージアムに焦点を置くこととし、おもに以下の三館で調査を行った。(1)合衆国ホロコースト・ミュージアム(ワシントンDC)、(2)ホロコースト・ミュージアム・ヒューストン(ヒューストン)、(3)ジューイッシュ・ヘリテージ・ミュージアム(ニューヨーク)。調査にあたっては、A)展示デザイン(空間構成やパネルなど掲出物のデザインなど)、B)展示に使用されているイメージ(写真、映像)の特徴の二点に着目した。その結果、以下が明らかとなった(ただし、ジューイッシュ・ヘリテージ・ミュージアムについては、特別展「アウシュヴィッツ」展を中心とする)。 ①ホロコースト関連ミュージアムにおいて、いわゆる残虐写真(atrocity photos)は不可欠であるが、これらにはクレジットが明記されたものが少ない。すなわち、誰が、どのような状況で、誰を撮影したのかが不明なまま、犠牲者たちが展示され続けている。また、少なからぬイメージ(写真、映像)が三館で共通して使用されている。 ②一方で、個人が特定されたイメージの展示も行われている。その集大成が合衆国ホロコースト・ミュージアムの「タワー・オブ・フェイシズ」である(1階から3階までの吹き抜けの空間の壁に展示されている写真群で、すべての個人が特定されている)。 ③この②のスタイルは、911・ナショナル・ミュージアムにも適用されている。また、遺族や関係者が深く関わる911トリビュート・ミュージアムにおいても同じ手法が用いられており、合衆国ホロコースト・ミュージアムをモデルとする「災厄のデザイン」とでもいうべきものの存在と影響が推測される。
|