本研究は,ナノサイズの脂質殻ガス気泡(脂質殻ナノ気泡)の分子モデルを構築して平衡・非平衡分子動力学シミュレーションを行い,実験観察や連続体理論の適用が難しい脂質殻ナノ気泡の物理特性を明らかにすることにより,次世代超音波造影剤開発のためのin silicoプラットフォームを構築することを目的としている.本年度は,まず初年度に構築したジパルミトイルフォスファチヂルコリン(DPPC)による脂質殻気泡の分子モデルに対して,昨年度開発し,検証を行ってきた周期的な体積ひずみを負荷するコードを用いて,周期的な体積変動下での脂質殻の圧力応答に関して解析した.直径約60 nmの脂質殻ナノ気泡を含む計算系に対して,周波数一定の下で,様々な振幅で体積ひずみを周期的に負荷したところ,振幅が小さい範囲での線形な圧力応答に対して,振幅の増加に伴い圧縮時に非線形な圧力応答が生じることがわかった.この時,脂質殻の一部で座屈が生じていることが観察された.また周波数や振幅によって座屈の生じる位置やタイミングも変化し,これらが脂質殻ナノ気泡の圧力応答に影響を与えることが示唆された.また,脂質殻として飽和脂肪酸を疎水鎖として持つ脂質分子だけで構成された脂質殻の一部を,不飽和脂肪酸を持つ脂質分子に置き換えることで,脂質殻気泡崩壊後の脂質集合体の形態変化が大きく変化することが明らかにした.これは,脂質殻の脂質分子構成を変化させることにより,脂質殻ナノ気泡のダイナミクスが制御ができる可能性を示唆している.
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