研究課題/領域番号 |
15K01302
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
山本 衛 近畿大学, 生物理工学部, 准教授 (00309270)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | バイオメカニクス / エラスチン / 皮膚 / 陰圧負荷試験 / 変形挙動 |
研究実績の概要 |
皮膚には,表層から深層にかけて,表皮,真皮,皮下組織の3つ形態が存在する.この中でも真皮は,皮膚の力学的特性と深く関係していると考えられている.真皮を構成する成分は,線維性基質とその産生細胞に大別され,基質の大部分はコラーゲン線維とエラスチン線維で構成されている.エラスチンはゴムのように伸縮する性質を有する線維であり,主にコラーゲンを支える働きをしている.このエラスチンの性質が,皮膚の柔軟性や弾性を維持しハリを皮膚に与えていると推察されている.エラスチンとコラーゲンの構造が変化することにより,皮膚にシワやたるみなどが発生する.特に,皮膚が紫外線に曝されるとコラーゲン線維やエラスチン線維が変性して硬くなり,弾力が失われてしまう.このように,皮膚組織に存在するエラスチン成分は,加齢による生物学的老化と紫外線曝露による光老化の相互作用に起因して減少することが一般的に知られている.本研究では,紫外線照射による皮膚損傷の修復を促進させる有効成分の探索を行うためのデータを取得することを最終目標とする.その初期段階として,紫外線を照射した後に魚類由来エラスチン成分含有溶液を塗布したヘアレスマウス背部皮膚の変形挙動を実験的に評価し,正常組織との相違を定量化した.自作した装置を用いて陰圧負荷試験を行った結果,紫外線照射で損傷した皮膚に対してエラスチン成分を塗布することで,紫外線照射によって剛性が高くなる傾向にある皮膚の伸展性が向上し,粘弾性回復が短時間に現れることが明らかになった.本実験では,紫外線に暴露された皮膚組織内のエラスチンに変性が生じたものと推察され,このエラスチンの変性が外部から供給されたエラスチンによって抑制される可能性が示唆された.今後は,どの程度のエラスチン成分が損傷した皮膚組織に浸透するのかを明らかにする必要があるものと考えられた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
クロマグロ由来動脈球よりエラスチン成分を精製した.細断した動脈球を脱脂脱水した後,アルカリ処理を施すことによって不溶性エラスチンを得た.その後,シュウ酸分解を行うことによって,不溶性エラスチンの中に含まれる可溶性のベータエラスチンを精製した.ヘアレスマウスを実験に用い,正常皮膚のデータを得るためのマウスをControl群として,残りのマウスの背部皮膚に紫外線を照射した.紫外線照射のみ施したマウスをUV群,無水エタノールとポリプロピレングリコールを混合した液をプラセボ溶媒としそれを塗布したマウスをUV+placebo群,プラセボ溶媒にベータエラスチンを1%含有した溶液を塗布したマウスをUV+ベータ群とした.1日1回,紫外線照射後に0.1mlの溶液を皮膚に塗布した.紫外線照射後も皮膚の力学的特性を評価するために,陰圧負荷試験を実施した.陰圧負荷試験装置は,プローブ型赤外線距離センサや圧力計などを用いて自作した.この装置によって,マウスが生存する状態において,皮膚の変形挙動を計測することが可能である.得られたデータから,最大圧力とその際に生じる皮膚の変形から剛性を算出した.また,圧力を開放した後に現れる粘弾性回復の挙動を近似式で表し,粘弾性回復時定数を求めた.吸引負荷試験から得られた皮膚剛性は,UV群でControl群よりも高値であったが,UV+ベータ群の値はControl群と同程度であった.粘弾性回復時定数は,低値であるほど皮膚の変形回復が早いことを示しており,UV+ベータ群で低値となる傾向がみられた.これらから,紫外線照射で損傷した皮膚に対してエラスチン成分を塗布したことで,皮膚の伸展性が高くなり,粘弾性回復が短時間に現れることが明らかになった.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの実験から,紫外線の照射が皮膚の性状に及ぼす影響とともに,紫外線照射によって損傷した皮膚に対する魚類由来エラスチンの塗布が組織の特性に及ぼす影響に関する知見が得られている.紫外線により皮膚の伸展性が失われるが,損傷した皮膚に対してエラスチンを塗布することで,紫外線照射による損傷を抑制するもしくは,損傷後の修復を増進することが示唆された.今後は,皮膚の組織形態学特性を評価する実験を行っていく必要があるものと考えられる.この実験では,紫外線照射を実施した後,マウス背部皮膚に付着している汚れなどをふき取り,レプリカ剤(ニトロセルロース,ベンジルアルコール,イソプロパノールの混合溶液)を塗布し自然乾燥させる.その後,硬化したレプリカ剤を皮膚から剥離し,この皮膚レプリカを走査型共焦点レーザ顕微鏡で観察することで.皮膚表面形状を表す粗さパラメータを計測する.このようなレプリカ剤を利用する方法では,ヘアレスマウスの生存状態を維持したままで,皮膚の表面形状の評価を実施することが可能であり,経時的な形状変化を測定するために有効な手法だと推察される.また,紫外線による皮膚損傷だけではなく,外科手術時の切開創を再現した創傷に対するエラスチンの治癒促進効果の有無を検証していく予定である.一方,エラスチンの治癒促進効果のメカニズムを明らかにするために,生体外の培養系を利用した実験を行うことも検討している.さらに,昨年度から継続している課題でもあるが,エラスチン成分の皮膚浸透性を明らかにすることが重要であると考えており,エラスチン成分が皮膚組織のどの部位に影響を及ぼすしているのかを明らかにする実験を試みる予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の実験は順調に行われており,実験材料であるエラスチンの精製やヘアレスマウスを用いた実験を行ってきた.昨年度の予備的な実験を数多く実施してきた経験によって,エラスチンの精製が効率よく行われるようになったことで,若干ではあるが研究費に残額が発生した.次年度は,データの再現性の検証や新たな損傷形態に対する治癒促進効果を確認するために,多くの実験を行うことが必要な状況になっており,残額となった研究費を有効に活用していく予定である.
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次年度使用額の使用計画 |
次年度は実験用材料や消耗品の購入を十分に行う.実験動物の購入は,実験試料を得るために必須である.さらに,力学試験用試料や組織観察用試料を作製するために必要な切削器具や研磨材,化学薬品などを購入する予定である.また,成果発表のための旅費に研究費を使用する予定である.特に29年度には,得られた研究成果を海外で発表する機会として,国際バイオメカニクス学会や日本-スイスバイオメカニクスワークショップなどへの講演申込みを計画している.
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