研究課題/領域番号 |
15K01338
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研究機関 | 日本工業大学 |
研究代表者 |
青柳 稔 日本工業大学, 工学部, 教授 (00342436)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 超音波ファントム / アルギン酸ナトリウム / ハイドロゲル / 超音波診断 / 冷却FIB-SEM法 |
研究実績の概要 |
これまで研究により、アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、三リン酸ナトリウム、グリセリン、水を組み合わせる事により、人体の軟組織の音響特性と同等の特性を持った超音波人体ファントムの作製と、そのハイドロゲル構造の解明を目標として研究をおこなっている。平成28年度の研究で、人体の軟組織に近い音響特性を持った超音波ファントムの作製が終了し、そのゲル構造の解析に着手した。超音波ファントムは、アルギン酸ナトリウム(粘度500-600cP)、硫酸カルシウム、三リン酸ナトリウム、グリセリン、水(温水)を質量比率1.5:2:1:7.5:50、水温40℃、ゲル化させるためのエージング温度30℃、エージング時間24時間で作製することで、人体の軟組織の音響特性に近い音響特性を持つことを明らかにできた。特に、平成28年度は、平成27年度の当該助成金で導入した超音波画像観察装置(超音波診断装置)により、超音波ファントム中の音速、減衰特性、音響インピーダンスといった音響特性だけでなく、超音波画像からも超音波ファントムを評価する事ができた。 また、平成28年度は、作製した超音波ファントムのゲル構造の解析に着手した。多量の水分を含んだハイドロゲルの構造を直接観察することは難しく、これまではIR(赤外吸収分光法)、熱分解GC/MS (ガスクロマトグラフ質量分析)、固体NMR(核磁気共鳴)などで、間接的にゲル構造解析が行われてきた。我々の研究では、近年開発された、液体窒素により試料を冷凍乾燥させて、その冷凍状態のままでFIB(集束イオンビーム)により、断面をスパッタしながらSEM(走査型電子顕微鏡)観察する冷却FIB-SEM法により、作製したファントムのゲル構造を直接観察することを試みている。平成28年度は一つの試料について観察をおこない、現在その有効性について検証している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該研究の目標は2つある。第1の目標は人体の軟組織の音響特性と同等の特性を持った超音波ファントムの作製、第2の目標はその超音波ファントムのハイドロゲル構造の解明である。目標とする超音波ファントムの音響特性は、音速1530~1600 m/s、減衰率0.3~1.0 dB/cm/MHz、音響インピーダンス1.3×10の6乗~1.7×10の6乗 kg/m2/s2である。 第1の目標に対しては、アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、三リン酸ナトリウム、グリセリン、水の混合質量比率、および、水の温度、ゲル化の為のエージング温度とエージング時間の最適な組み合わせ条件を明らかにする必要が有る。これについて、アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、三リン酸ナトリウム、グリセリン、水の質量比率1.5:2:1:7.5:50、水温40℃、エージング温度30℃、エージング時間24時間で、人体軟組織の音響特性に近い特性を持ったファントムを得ることができた。これらの条件で作成した超音波ファントムの特性は、音速1560~1670 m/s、減衰率0.69~0.78 dB/cm/MHz、音響インピーダンス1.66×10の6乗~1.76×10の6乗 kg/m2/s2であった。また、この研究成果は、論文誌Journal of Ultrasound in Medicineに投稿した。 第2の目標に対しては、冷却FIB-SEM法を用いて、作製したファントムのゲル構造の解析に着手している。現段階では、試料1個を試み的に解析を実施したところである。これにより作製したファントムは、マクロ的には房状の構造をしている事を確認できた。平成29年度の研究により、より詳しい解析が可能である事の見通しを立てることができた。 以上を総括すると、研究は概ね順調に進展していると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の課題は3つある。第1の課題は作製したファントムのゲル構造解析である。第2の課題は作製したファントムの長期安定化の検討である。第3の課題は上記以外の薬品によるファントム材料の模索である。 1、作製したファントムのゲル構造解析:アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、グリセリン、水を組み合わせる事により、人体の軟組織の音響特性に近い特性を持つ超音波ファントムを作り出すことができた。しかしながら、そのゲル構造については不明である。水分を多量に含んだゲルの構造解析は難しい。近年、液体窒素により試料を冷凍乾燥させて、その状態のままでFIBにより断面をスパッタしながらSEM観察する、冷凍FIB-SEM法が開発されている。この手法を用いて、試み的に試料を観察し、その有効性が確認されているので、平成29年度はファントムのゲル構造の解析を本格的におこなう。この冷凍FIB-SEM法により、ゲル構造の解析ができない場合も考えられるが、その場合であっても、冷凍FIB-SEM法の適用限界を洗い出す為の事例として、学術的に有用であると考えている。 2、作製したファントムの長期安定化の検討:ハイドロゲルであるファントムからの離水が激しいと、ファントムはその形状や特性を短期間で失ってしまう。この離水を抑制する方法について検討をおこなう。また、ハイドロゲルは、カビが発生し腐敗しやすい。このカビの発生と腐敗を抑制する方法についても検討をおこなう。 3、上記以外の薬品によるファントム材料の模索:アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、グリセリン、水以外の材料についても、超音波ファントムの作製を進めて、超音波ファントムとして最適な材料の模索をおこなう。この課題は、継続的な研究テーマであり、当該研究助成の終了後も引き続いて研究を行う内容である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度の研究目標は、アルギン酸ナトリウム、硫酸カルシウム、リン酸三ナトリウム、グリセリン、水の組み合わせにより人体軟組織の超音波特性に近い特性を持った超音波ファントムを作製すること、および、そのゲル構造を解析することであった。超音波ファントムの作製に関しては、計画通り目標を達成する事ができた。その成果を学会で発表するための経費を旅費として計上していたが、学会(2017年電子情報通信学会総合大会)の日程が、他の業務と重なってしまい参加する事ができなかった。そのため、計上した旅費を使う事ができなかった。また、作製した超音波ファントムのゲル構造解析を、複数個の試料を対象として実施するための経費を計上したが、慎重に解析を行った為、平成28年度に解析した試料は1個であった。そのため、計上した解析の為の経費を使い切る事ができなかった。これら旅費や解析の費用を次年度にまわした為、次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
人体軟組織の超音波特性に近い超音波ファントムを作製することができ、また、そのゲル構造の解析にも着手できているので、平成29年度は、これらの研究成果の発表と、複数個のファントムのゲル構造解析に経費を使用する計画である。特に、ゲル構造の解析においては、今年度の解析状況から、冷凍FIB-SEM法による試料分析に要する費用が分かった為、効率的に試料の解析をおこなう。
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