狭義の構音障害として,構音器官そのものの損傷や病変,その運動制御をする神経,筋肉の病変,発達障害が挙げられる.本研究では構音の流体音響学的メカニズムと脳神経からの筋収縮制御を考慮に入れ,外科手術による構音器官修復後の構音障害の予防方法の開発を目指した.対象は「さ」行の構音障害で,複雑な随意運動による構音とされる空力音とした.そのメカニズムを解明するため,発話時の気道形状を4D-CTによる咽頭内圧と同時に形状の計測を行い,さらに計測した気道形状を元に空力音響学的な観点から形状を単純化した単純形状モデルを構築した上で,数値シミュレーションと物理実験を実施した.その結果,「さ」行の/s/音と/sh/音の違いは,音源位置の違いと共鳴特性の違いから生じていることを明らかにすることが出来た.さらに「おとうしゃん」から「おとうさん」という正常構音を確立するには,舌前方挙上を厳密に達成することが物理的な条件であることが示された. 予備実験として鼻咽腔閉鎖と舌前方部挙上による気道中の両方の狭窄の生じるタイミングを変化させた結果,鼻咽腔閉鎖下での舌前方部挙上による気道狭窄が「さ」行構音の条件であることが分かった.舌前方部挙上の筋活動のメカニズムを明らかにするため,筋収縮による形状変化の再現を数値シミュレーションにより行った. 鼻咽腔閉鎖を達成することが「さ」行構音の物理的条件であり,PLPや咽頭弁形成術等により閉鎖機能を獲得した後に,舌運動の学習が必要となることが分かった.今後,構音治療において物理(空力音響,固体力学)的な視点から,様々な構音障害の原因と解決法を考案する起点を構築した.
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